豪華さが話題だけど、ほのぼのとした温かさのほうを聴くべき作品になっている。
80歳の誕生日を迎えた米国のジャズ/ポピュラー歌手、トニー・ベネットが、それを記念して出したアルバム。表題のとおり、当代一流の歌い手たちとのデュエットを収めた企画作品。
なにしろデュエット相手の顔ぶれがすごい。ポール・マッカートニー、バーブラ・ストライザンド、スティービー・ワンダー、エルトン・ジョン、ボノ、スティング、ビリー・ジョエル…と18人(日本盤は1曲多いので19人)。製作監修はビリー・ジョエルの作品などで知られるフィル・ラモーン。
USA TODAY紙によると、ベネットは「完成度は気にせず、ボーカルのジャムセッションといった感じで歌での対話を楽しんだ」と振り返っているが、まさにそんな仕上がりで、それぞれの客演者が大御所とのデュエットに胸をときめかせて参集したようすが目に浮かぶ。
驚いたことに、近年盛んなこのてのデュエットものは、ほとんどの場合、別々に録音されるのに、この作品はすべてベネットと相手が実際にスタジオで顔を合わせながら録音されたという。
しかし、火花を散らすような歌唱合戦が繰り広げられるわけではなく、冒頭に書いたようにほんとうにゆったりとした世界が、ここにはある。相手がどんな一流スターであろうと、ベネットすれば子供や孫と語らいあうぐらいの気持ちでいなしていることがうかがえておもしろい。
基本的には1コーラスずつ、あるいは1小節ずつを交互にうたい、最後にハモって締めるという構成もシンプルで、事前にいろいろと打ち合わせずに、録音してみせたこともうかがえる。
スティング、エルビス・コステロらのように英国ロック勢の中でもジャズに造詣がが深くまた器用な歌い手もいる中で、マイ・ペースでうたいきっていてなんだかおかしくもあるのがポール・マッカートニー。自作のバラードに向かい合っているかのようなうたいぶりだ。ちなみに1960年代にトニーの人気を一気に衰退させたのは、ビートルズを筆頭とした英国ロック勢の台頭だった。
実際、スティングは真剣なうたいっぷりでムードたっぷりにベネットに対抗。コステロは思い切り楽しげにスイングしてみせる。意外といっては失礼だが、ジョージ・マイケルがとても感動的にうたいあげ、作品の掉尾を飾っている(日本盤はアジア代表のワン・リー・ホンとのデュエットがボーナスでついている)。
ベネットはフランク・シナトラがそうであったように、美声の持ち主ではない。シナトラよりもさらにざらついた独特の歌声は、年輪を重ねるごとに温かさを増しているような気がする。
冒頭に書いたように豪華な客演者による華やかさよりも、その声の温かさにより、秋から冬にかけてゆったりとした気分で聴きたい1枚だ。
(ENAK編集長)