クラシック素材に楽しむジャズ
クラシックを素材として頻繁に取り上げたジャズ演奏家というと、ルーマニア出身のオイゲン・キケロやフランスのジャック・ルーシェをまず思い出す。モダン・ジャズ・カルテットもバッハなどに接近していたが、彼らの場合は素材とする以上の融合をねらっていたのでちょっと系列が異なるか。
ともかく、キケロやルーシェのようなクラシックのジャズ化ってどういう意味があるのか。意味などないのだ。
ジャズ演奏の主眼は即興演奏にある。即興の妙味をより多くの人に知ってもらうには、素材となる楽曲が親しまれているものである限る。そんなわけで古い演奏家は当時の流行歌、すなわちミュージカルや映画で使われた歌をとりあげ、それらが後生スタンダードナンバーと呼ばれるようになった。
クラシックを取り上げるのも半分以上は、そういう親しみやすさをねらったものだろう。もちろん、演奏家として古典音楽の作品に対する音楽的な興味もあるのだろうけど。基礎訓練としてクラシックの楽曲を演奏していた人も多いだろうし。
さて、今年はモーツァルト250周年。盛り上がっているのかどうかは知らないが、ジャズ演奏家によるモーツァルト集あるいはクラシック演奏CDもふだんより多いだろう。
レイ・ケネディ「モーツァルト・イン・ジャズ」は、まさに250周年に合わせた作品。モーツァルトの有名曲をピアノトリオで調理する。
セントルイス出身のピアニストであるケネディのことを、恥ずかしながら僕はよく知らないが、ギターと歌のジョン・ピザレリとの仕事を中心に活動しているようだ。
その演奏はオーソドックスで美しい。たとえば有名な「トルコ行進曲」。快調なドラムに促されて行進よりも快適なテンポで前進するが、アドリブに入ると高い音を中心に繊細な、それでいて安定したフレーズ披露する。いかにも品のよく、聴き手をリラックスさせる。
弟のトム・ケネディのベースも好演。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を筆頭にドラムのマイルス・ヴァンディヴァー(ドラム)の快適な演奏は、全体の心地よさと品の良さに貢献している。
一方、ヨーロピアン・ジャズ・トリオ「ベスト・オブ・クラシック」は、このピアノトリオが過去に残したクラシックを素材とした録音を集めた2枚組。モーツァルトはもちろん、バッハ、ベートーベン、ヘンデルからラベルまで幅広く調理している。
冒頭でモーツァルトの「トルコ行進曲」を取り上げており、ケネディ版と比べると、演奏家によって解釈や聴かせ方がこれほど異なるのだということがよく分かる。
リラックスできるケネディ版に比べるとヨーロピアン・ジャズ・トリオ版は、より攻撃的。
ヨーロピアン・ジャズ・トリオは、ピアノのマーク・ヴァン・ローンらオランダの演奏家3人組。
欧州人だから彼らのほうがクラシックが身近だと単純な言い方もできるかもしれないが、むしろ両者の違いはやや耽美的なヨーロピアン・ジャズ・トリオと大人の小技をふんだんに用いたケネディという、ジャズとしての表現手法の違いにあるか。
僕はリラッマスできるケネディ盤のほうが好みだが、女性などには「マドンナの宝石」のような、やや芝居がかった導入部など欧州3人組のほうがいいか。
(石井健)