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専科 樹里咲穂(2):タカラジェンヌ夢の軌跡
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女役のアニタで注目集める
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WEST SIDE STORY」のアニタ役 |
大阪出身。小学校5年生のときに、ダンスや歌を教えてくれる「こどもアテネ」に入ったことが、宝塚受験につながった。
「阪急電車で通学していたので、宝塚のポスターを見るのは好きだったけど、舞台は見たことがなかった。中学3年になって先生に、『背が高いから受けて見なさい』って言われて。1回目に落ちたことで発奮して、それから本気でかよって2回目に受かったんです」
平成2年の「ベルサイユのばら」が初舞台。「私はこのとき初めて、原作の漫画を読んで内容を知ったんですが、華々しいデビューでしたよ。私たち初舞台生は4人だけ、バスティーユの場面の群衆に入れていただいたんです。ところが上級生の迫力と熱気に対して、緊張して何もできない自分が悔しくて、泣いちゃった思い出があります」
翌年、月組に配属。スラリとしたプロポーションと切れのいいダンスが注目され、6年のロンドン公演に選抜されるなど早くからショー作品で活躍。初の大役はロンドン・ミュージカル「ME AND MY GIRL」(7年)新人公演の女役ジャッキーで、中日劇場公演では本役で好演した。そして翌8年、ブロードウェー・ミュージカル「WEST SIDE STORY」で女役の大役、アニタに抜擢(ばってき)され、ダイナミックなダンスと歌唱が大絶賛されて一躍、名を高めた。
「私は男役なのにショーでも女役が多かったんですが、本格的な女役はジャッキーが初めて。『WEST−』は以前、映画をシネラマの大画面で見て大感激。それに自分が出られるだけでうれしかったし、アニタは大好きな、やりたい役でした」
ダンベルなどで肉体改造までして挑んだ渾身(こんしん)の役。最大の見せ場の「アメリカ」のダンスシーンで思いっきり歌い、踊ったあとは、立てなくなるほどキツかったそうだ。
「ひょろ長く育っていたので見た目の筋肉をつけたかったし、『アメリカ』はバレエの基礎がないと踊れない。舞台稽古の3カ月前から役作りを始めたんです。ホントにしんどかったけれど、アニタで私の人生が変わりましたね」
(つづく)
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