ENAK Interview 2004
VOL.15 レディ・キム (2) |
|
|
|
|
|
|
──
ところで、CD「レフト・アローン」は、舞台を見て、ビリーによく似ていると驚いた日本のプロデューサーが作ったものですね。米国でもビリーに似ているという評判だったのですか?
■キム:はい。実は、舞台をやる数年前から、「ビリー・ホリデイと声質が似ている」とミュージシャンたちから指摘されていました。あるピアニストからは「似ているからこそ、自分なりのうたいかたを身につけないと、自分というものをもてないよ」と忠告されました。だから、自分のスタイルとは何かを考え抜いていたんですが、そんなところへビリーを演じる仕事が舞い込んで、再度、ビリーのうたいかたを思い出さなくてはならなくなった。やっと身につき始めた自分ならではのうたいかたを忘れまいとながらの作業で、大変なんですよ。
──
CDを作りたいという話が、日本人からきたことについては、どう思いましたか?
■キム:ジャズのCDを作ること自体、考えてもみなかったから、「え、うっそー?」って思いました。ただ、いまどき、レコーディングなんて、どこでだってできるし、世界中には小規模の制作会社が無数にあるわけで、どうせ、どこかの地下室にある簡易スタジオでうたう程度の話だろうと思っていたんです。たがら、「ふーん、いいんじゃない?」って二つ返事で引き受けました。実際に録音作業が始まってからはびっくりの連続でしたよ。ちょうど舞台公演で日本にきた際に、レコーディングは行われたんですが、スタジオにいったら、立派な建物で、液晶パネルにスタジオ使用者の名前がずらりと出ている。その中に自分の名前があったんですから。
──
録音の際、プロデューサーは、「ビリーそっくりにうたえ」と注文したのですか? あるいは逆に「自分の色で」と希望されたのでしょうか?
■キム:必ずしも、ビリーになりきって−−という要望でもなかったんです。そもそも今回選ばれた曲は「奇妙な果実」をのぞいて、生前のビリーが録音で残したことがないものばかりなんです。だから、「もし、ビリーが生きていたら、こううたっただろう」と考えてうたってほしいといわれました。そのうえで、自分らしさも加味してほしいと。「レフト・アローン」は、ビリーが作詞した歌なので、まず、彼女は、なぜ、こういう歌詞を書いたのかを考えてからうたいました。
──
ビリーがうたったらどうだったかを考えつつ、自分らしさも加えて欲しい。ずいぶん、難しい注文でしたね
■キム:「今、私はだれ?」と混乱しましたよ! 高速道路を横断しようとして車の前に飛び出してしまったシカの心境でした。つまり、もう、頭は真っ白! ただ、歌をうたえ、CDにできたことはすごくうれしかった。
──
このCDでうたっているのは、レディ・キムなのか、ビリーのそっくりさんなのか。どちらと思えばいいのでしょうか?
■キム:
それは、逆に、聴いてくださったかたからうかがいたいです! ただ、私の個性は、もちろん出ています。
──
今回のCDの中で唯一、ビリー本人がうたった歌が「奇妙な果実」。この歌は、奴隷時代に私的制裁にあった黒人が木の枝につるされた姿を“奇妙な果実”と、表現した、非常に重い内容の歌であり、ビリーのレパートリーの中でも難しいものだと思いますが
■キム:
確かに「奇妙な果実」は、とても重い内容です。実は父のおじは、駐車場で白人によって殺されているんです。家族の身に実際に起きたこととして、ああいう時代があったことは知っています。だから、この歌が伝えようとする内容に悲しくなるし、うたうのが辛くもあります。だけど真実でもあります。米国の歴史において、こういう時代があったことを伝えていけることはよいことだと思います。それが悲劇なのだということを伝える機会をもてたことはいいことだと思っています。
──
歌手として今後の計画はどうなっていますか?
■キム:
ジャズをうたってしばらくすると、ダンスものをうたいたくなり、そういうものをうたうとジャズがうたいたくなる。両者のバランスがうまくとれたらいいな。どちらかだけをというつもりはないです。といいつつ、実は、もうジャズ2作目のレコーディングが決まっています。
──
ところで、最後に音楽の原体験を教えてください
■キム:
バーブラ・ストライザンド、ビートルズ、それにプリンス。
──
ははあ。バーブラ、ビートルズはご両親の影響?
■キム:
いえ、両親はロックンロール一辺倒で、ザ・フー、ローリング・ストーンズ、J・ガイルズバンドがお気に入りでした。私が最初に連れて行ったもらったコンサートはJ・ガイルズバンドの公演で、途中で眠っちゃったんですよね。へへへ。退屈だったからじゃなくて、私が疲れていただけなんですよ! 私は忙しい高校生でしたから!
──
だけど、バーブラが好きなんていったら、もしかして学校で浮いていませんでした?
■キム:
学校で、バーブラを聴いていたのは…私だけだったと思います!
──
まあ、バーブラのストレートな歌世界と、このCDで聴くことのできる世界とは通じるものもあります
■キム:
本当? それってすごいほめ言葉!
|
|
|
|
後記
明るくてチャーミングな女性でした。ビリー・ホリデイの再来とか、ビリーに似ているとか、そういうふれこみの歌手は、過去にもいました。しかし、ビリー・ホリデイという不世出の歌手に似ているということは、同時に、非常に大きな荷を背負っているということになったからです。そりゃあ、そうです。神格化された本人にかなうはずがありません。そもそも“ビリーみたい”な歌を聴きたければ、ビリー本人の作品を聴けばよいのです。そんなこんなで、過去、ビリーの再来、あるいはビリーにそっくりといわれた歌手は、だいたい短命に終わっています。しかし、ビリーが亡くなってから45年。もしかしたら、そうしたある種の呪縛はなくなってきているかもしれません。レディ・キム本人も、ビリーに似ていることを心から喜んでいるようで、負担に感じている様子もなく、その軽やかさはいかにも現代的で、消えていった先輩たちとは、違う道を歩みそうです。ビリー・ホリデイに似ているかどうかは、頭の固いジャズ好きが語り合えばいいこと。そんなこととは関係なく、しっとりと聴けるボーカル作品として、おすすめの出来になっていますよ。
|
|
|
|
←前を読む●● |
|
|
|
|
|
|
|
?2004.The Sankei Shimbun All rights reserved. |