「妻の恋人、夫の愛人」これは、妻に残酷、夫に裏切り…の人間ドラマ
この記事は産経新聞97年5月27日の夕刊に掲載されました。
この日本語題名、どうもまずい。原題は「ザ・リーディング・マン」。これは、主役のこと。映画はファースト・シーンからきっぱりイギリス映画。それも古いロンドン・フィルム映画のころのイギリス製。これにはびっくりするほどの懐かしさ。とはいうものの、それほど出来が上等とは申せぬ。
話は、浮気している劇作家(ランベール・ウィルソン)が細君(アンナ・ガリエナ)にとがめられそうな気になって、俳優の一人(ジョン・ボン・ジョヴィ)に妻を誘惑してくれと頼む。妻はそれと知らず、この俳優の巧みなウソの誘惑に乗ってゆくのだが、いつしかこの俳優が劇作家の妻に本気でほれてゆくというストーリー。
底の割れた三文ストーリーながら、見るからに『オセロ』のイヤーゴを思わせ、この映画が初めっから舞台劇裏の人生をのぞかせ、これはイギリス製の十八番。まことに、シェークスピアを生んだその「舞台」の裏側のムードはうまい。
ところが、この映画、一番の残酷な見どころ、ニセの誘惑に乗ってゆく妻の哀れ、悲しさが、かつての(エリッヒ・フォン・)シュトロハイム映画の残酷さも、今村昌平のドキュメント『人間蒸発』(昭和四十二年)の、蒸発した愛人を捜す女が、その道案内に付き添った男のほうに愛が変わってゆく怖いシーン、しかも隠しカメラの本物シーン、その怖さがこの映画には出ていない。
けれど、イギリス映画の劇場裏もの、これはやっぱり本領が出て、劇場そして俳優、そのテスト、その本読みは見ていても悪くない。
昔のロンドン・フィルムの『男は神に非ず』(1936年)。これは浮気した夫が妻を舞台の上で、「オセロ」を演じながら殺そうとする俳優夫婦の恐怖映画。
それで、この「妻の恋人、夫の愛人」。この妙な題名の映画、これは春のコメディーではなく冬の悲劇。監督のジョン・ダイガン(48)は平凡。主役のジョン・ボン・ジョヴィ(34)は、もう一息。
しかし、女を残酷に扱ったこのイギリス映画、他の凡作映画を乗り越えて、一夕見る価値あり。脚本(ヴァージニア・タイガン)は女性。なるほど女への残酷さはいま一息。
(映画評論家)
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平成2年から10年まで産経新聞に掲載された連載の再録です。
妻の恋人、夫の愛人
監督:
ジョン・ダイガン
脚本:
ヴァージニア・タイガン
製作:
ポール・ラファエル
バーティル・オールソン
製作総指揮:
ジュリア・パラウ
マイケル・ライアン
撮影:
ジャン・フランソワ・ロバン
編集:
ハンフリー・ディクソン
美術:
キャロライン・ハナニア
衣装:
レイチェル・フレミング
音楽:
エドワード・シアマー
出演:
ジョン・ボン・ジョヴィ
アンナ・ガリエナ
ランベール・ウィルソン
タンディ・ニュートン
バリー・ハンフリーズ
デビッド・ワーナー
パトリシア・ホッジ
ダイアナ・クイック
ニコール・キッドマン
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