「浮き雲」この国にもこんないい監督が
この記事は産経新聞97年7月8日の夕刊に掲載されました。
市電の運転手が電車に乗っている女の客と接吻した。まあ、と思うとこの2人は夫婦でこの電車はもう最終電車で客もすっかりいなくなって車庫に入る電車。この映画、はじまりにちょいとびっくりさせてストーリーはすすむ。フィンランドの映画で1996年の1時間36分。
フィンランドってどこだか知ってますか。監督はいったい誰かと思うとアキ・カウリスマキ。どっかで聞いた名。映画
つうには、ああカウリスマキの映画か、この監督いい味をしみだす映画を作るなァ。「コントラクト・キラー」「マッチ工場の少女」(ともに1990年作)の監督だよとあまり映画を見ぬシロウトに教えてくれる。
ハナシというのは、亭主が市電の運転手で妻君がレストランの給仕長。この亭主、ずんぐり太っていて私の好きなタイプ。妻君のほうは毛のぬけかけたニワトリみたいで、いつもビックリしているような顔でチャーミングというものを根っからもっていない。
ところがこの夫婦、どちらもが不景気のシワよせでクビになり、仕事探しの、これは映画。いまどき、なァんだと思う平凡きわまる映画だが、このミミッチイ貧乏映画、見ているうちに引きずり込まれる。
この監督、この映画の脚本も自分で書き、製作も自分というまったくの個人映画。貧乏くさい映画、こんなのフィンランドでよく作ったなァと思うと、今の映画とくにアメリカなんか監督が映画で豪商人になろうと目のくらむ映画ばかり作っている。
そんななかでこの映画のしみじみとした夫婦のともかせぎ、そして仕事さがし、これがひさしぶりの懐かしさを、映画の懐かしさを感じさせて嬉しく、しらべるとこの監督はキャプラが好きで小津安二郎が好きでデ・シーカが好きでバスター・キートンが好きだって。分かるよ、それが。
そしてこの夫婦役俳優の妻(カティ・オウティネン)、夫(カリ・ヴァーナネン)この2人の演技がじっくりと楽しますよ。映画を忘れないフィンランドっていい国だなァ。この亭主、いつも自分の家の犬を抱いて仕事を探している。その犬が嬉しそうに短い尾を振っているのがいい。この映画、芸がこまかいよ。
(映画評論家)
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平成2年から10年まで産経新聞に掲載された連載の再録です。
浮き雲
監督・脚本・編集・製作:
アキ・カウリスマキ
撮影:
ティモ・サルミネン
照明:
オルヴァリア
リスト・ラアソネン
オラヴィ・トォオミ
ラウリ・トンミラ
衣装:
トゥーラ・ヒルカモ
出演:
カティ・オウティネン
カリ・ヴァーナネン
エリナ・サロ
サカリ・クオスマネン
マルッキイ・ペルトラ
マッティ・オンニスマー
マッティ・ペロンパー
ピエタリ
シェリー・フィッシャー
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