「アンダーグラウンド」毒の花が香る人間残酷悲劇
この記事は産経新聞96年04月23日の夕刊に掲載されました。
ドイツ・フランス・ハンガリーの合作。1995年エミール・クストリッツァ監督作。2時間51分。カラー。
ボスニア(旧ユーゴスラビア)ドイツ占領下の悲劇。今も戦争の黒い雲に包まれたボスニア。映画はドイツ映画のかつてのストロハイム監督タッチ、近くはイタリアのフェリーニ監督のタッチを含ませて、ドイツのフリッツ・ラング監督の古き肌をジャズで踊らせ、イタリアのヴィスコンティ監督の敗北美を悪魔の舌で塗り込めたごとき驚くべき映画。それだけの名監督をこの映画にしのぶ、その“映画美”と“映画グロテスク”に映画の好きな連中はこの3時間、見とれきるであろう。
ただしボスニアがどこにあるのか改めて世界地図で探させ、同時にこの国の歴史を探る。それだけでもこの映画は見る価値をあふれさせているのだが、それ以上にこの映画の香り。映画は哲学的文句、または国民の足跡を厳しく指しての勉強以上に“香り(ゝゝ)”、これを問題にしてほしい。この映画はさながらグロテスクな美術絵画の舌触りを持ち、“裏切り”“悪用”“だまし”“スキャンダル”これらが渦を巻いてのこの脚本、この演出タッチに拍手してもらいたい。
友をだまし友を利用し友を持ち上げ喜ばせ、その友の“女”を横取りする成り金男、つまり戦争を最も愛した男。かように割り切ってこの映画の面白さと怖さを見つめても構わないが、要するに一色これグロテスク。しかも主演者すべてが舞台俳優の名演(ゝゝ)を見る楽しさ。
けれどこの映画最高の“効果”こそキャメラ(ヴィルコ・フィラチ)。この監督がシャガール絵画を愛していることがうなずけもするし、ジャン・ルノワール監督の好きなこともうなずける。今年42歳の旧ユーゴスラビア生まれ。昨年、この映画、カンヌでグランプリ。
俳優すべてなじみなきため、一層目に染みる。特にアルコールびたしの女ナタリアを演じたミリャナ・ヤコヴィチのオーバーアクトがかえって魅力的。肉の生スープを飲むごとき異色名作である。
(映画評論家)