「トレインスポッティング」
この記事は産経新聞96年11月26日の夕刊に掲載されました。
PTAのおばさん族がごらんになると気絶しそうなイギリスの若者映画。アルコール中毒で麻薬中毒で、それで悪事を働いて金をつかんで世に浮かび出ようとするマーク(ユアン・マクレガー)、スパッド(ユエン・ブレンナー)、シック・ボーイ(ジョニー・リー・ミラー)、トミー(ケヴィン・マクキッド)、ベグビー(ロバート・カーライル)、この若者たちにダイアン(ケリー・マクドナルド)という女が加わるが、主役は男たち。
イカレて気が狂ったごとき若者たち。ウンコをシリから手でつかんで投げるような男。便器に顔を突っ込むと、映画では全身が便器の中へ吸い込まれるシーンに発展する。ベグビーは喧嘩(けんか)すると相手を殺す。まさにこの世から弾き出された若者たち。そのヤクを打つさまも怖い。その精神のイカレかたが恐ろしい。
ついに一人の男が仲間の、彼らがつかんだ金を独り占めして夜逃げしようとする。このシーンがすごい。床にごろ寝の仲間たちをまたいで逃げてゆく。仲間はぐっすり。ところがごろ寝の一人がソーッと目を開く。ここがすごい。これから映画の落ちまでは申すまい。
新人ダニー・ボイル(39)の映画監督2作目。第一作「シャロウ・グレイヴ」(95年)、この第二作は1996年作、1時間33分。カラー。
原作はアーヴィン・ウェルシュの小説。すでに舞台劇となってロンドンで上演されているこれはその映画化。すごいの一言に尽きるが、ロイヤル王国のイギリスのクリスタル・シャンデリアの裏にかかる世界のあることを描くイギリスの個性。「ハムレット」の昔からトニー・リチャードソン監督の「怒りをこめて振り返れ」(59年)、リンゼイ・アンダーソン監督の「if もしも…」(69年)、アメリカのキューブリック監督のイギリス型映画「時計じかけのオレンジ」(71年)、これらを注目し愛した人たちにはこの映画、若者映画のベストと拍手か。
原名の意味は“チャンスをつかめ”、直訳は“電車マニア”。来る電車、来る電車に乗ろうとする。汚く、怖い。しかし悲しく、痛ましい。久しぶりの本格イギリスもの。ただし原作者はスコットランド生まれ、したがって映画もその舞台はスコットランド。
(映画評論家)