「ザ・ファン」
この記事は産経新聞96年10月01日の夕刊に掲載されました。
監督が「クリムゾン・タイド」のトニー・スコット。何でも面白く見せる監督。主演がロバート・デ・ニーロ。彼の目と鼻を見ているだけでゾッとする恐怖感。
映画は野球スタアほまれの一番。アメリカ映画は野球にかけては最高の演出を見せる。思わずうなるその面白さ明るさ、そのスポーツの健康さをスマートに見せる一方、映画は野球スタアの狂的なファンの恐怖を見せる。かかる映画には「ミザリー」(90年)があった。ある小説家のファンが狂愛高じてその作家を殺そうとした。
しかしこのような映画は今に始まったことではない。そこでこの映画がフォフ・サットンの脚色でいかに本当らしく苦心したか。もともとピーター・エイブラハムズのベストセラーだが、これを画面に再生するのにその無理なストーリーを、この脚色とこの監督は一気に成し遂げた。
子持ちの女房にも逃げられたナイフ・セールスマンが熱狂的に愛した選手。その選手の人気の落ち目の原因が同僚の強力な選手とみてその選手を殺して愛する選手の人気を取り戻し、さらに思うがまま自分のためのホームランを打たすがためにこの選手の子供までをも誘拐。ここまでストーリーを工夫したそのいやらしさを巧みにスリルあふれる恐怖映画にし得たのも主役のデ・ニーロの実力に違いないが、かかる異常狂的なファンをデ・ニーロが演じるというだけで実は観客は見る前にシラケきってしまうだろう。またか、といった感じ。つまり、決まり切った型(かた)だ。
これをこの脚色とこの監督がいかに面白く見せたかがこの映画最高の見どころ。狂気のファンがその愛しすぎる選手の子供を海で助け、それをもとに愛する選手にホームランを打つようゆすりを持ち出すなど随分とあきれたストーリーながら、映画はそれを塗りつぶしてデ・ニーロと監督トニー・スコットの実力百パーセントで見せた。
まさしく白と黒、健康百パーセントの野球グラウンドと毒の泥の対比とも見たい恐怖のファン男の異常。
(映画評論家)