「秘密と嘘」
この記事は産経新聞96年11月12日の夕刊に掲載されました。
見事に完ぺきなイギリス映画。イギリス映画はデイヴィッド・リーン監督の「幸福なる種族」(1944年)はじめ一家一族の家庭劇は世界第一だ。そしてこの映画もまた優れたマイク・リー監督の傑作。ロンドンの名舞台劇を楽しむエレガントが香る。
はじめに黒人一家のお葬式。娘が花を棺に添えた。その花は「母」の文字をかたどっていた。この黒人娘(マリアンヌ・ジャン=バチスト)は養女で、今は身寄りもないただひとり。仕事は検眼師で生活は苦しくない。彼女、本当の母に会いたい、との願いで役所で調べ上げ、自分の母が白人だったことでびっくりする。
かくてこの黒人娘が実の母を探し求めるロンドンの物語。母のアドレスを見つけ、母と確かめる。母(ブレンダ・ブレッシン)は約束の朝、近くの停車場、その駅のそばの喫茶店で、まだ見ぬまだ知らぬ実の娘と会う。黒人と知って身を縮める。
この駅近くの早朝のミルク店で2人の会うシーンがすごい。母は間違いだと念を押すが、黒人の娘が静かに力を込めて語る生まれの秘密を聞いて母は泣き出した。この母、16歳でこの娘を生んだのだったが、生まれた瞬間から恐ろしくてその赤ん坊をろくに見ないまま他人にくれてしまったことがわかってくる。
黒人の相手だった。だれひとり知らぬ秘密。しかしこの母とこの娘は泣いて抱き合った。2人は人目を隠れて会って、母と娘のうれしさを神に感謝した。
母は黒人娘のほかにもまだ男に逃げられた娘がいる。この母の弟(ティモシー・スポール)が姉の娘、もちろん白人の21歳の娘の誕生祝いを家族一同でやろうと持ち出し、母は思い切って自分の、そしてみんなの家族の一員であるその黒人娘を、その誕生祝いに連れていった。二度も私生児を生んでと白人の娘にもばかにされる母。この母を母の弟がかばう。この姉と弟の愛情も涙を誘う。
この監督は小津安二郎ファンというが、この家族映画は見事イギリス映画の伝統を輝かす。俳優すべてが名演。特に母の弟がすばらしい。
「ネイキッド」(93年)のマイク・リー監督の96年作、イギリス映画。2時間22分。絶対に見逃したもうな!
(映画評論家)