「リチャードを探して」
この記事は産経新聞96年11月19日の夕刊に掲載されました。
シェークスピアの「リチャード三世」を舞台の連中とディスカッション。アル・パチーノ製作・監督・主演。彼はコッポラの「ゴッドファーザー」(72年)から注目。その熱演がやがて「ヒート」(95)に至って目もくらむオーバーアクトとなり、最も見たくない男優の一人となっていた。
それでリチャード三世も用心。胸がむかむかする演技を用心。ところがこれは脚本もパチーノに違いないが、スタッフの中に明記していない。この凝りに凝った脚本がこの映画をウッディ・アレン映画に近づけ、さらに「リチャード三世」初見参の若き、あるいは未読の連中にこの作品をわからせようとする。その着想の巧みにこの映画の価値を認め、同時にパチーノの育ったアメリカが、シェークスピアに頭を下げながらシェークスピアってなんやというウソブキを感じる作品だ。
しかしこれは少々意地悪い見方で、アメリカ映画でこれほどまでにリチャード三世を観客に“教えた”映画はない。パチーノ・バンザイだ。舞台を見せるのでなく、映画の大時代劇を見せるのでもない。映画はこの劇への理解と、劇の出演者たちのセリフ・アクセントの苦闘をも見せて、シェークスピア勉強に打ち込むその力闘。アメリカがここに感じられ、パチーノの力演と苦闘とその演出が光る。今日までアメリカ映画でかかるスタイルでリチャード三世を見せた作品はなく、シェークスピアを今日の青年たちにもくまなく読ませようとする。
パチーノの三世、アレック・ボールドウィンのクラレンス公、エステル・パーソンズ(お懐かしい)のマーガレット妃、アイダン・クインのリッチモンド伯、ウィノナ・ライダーのレディ・アンと配役も注目だが、この映画の中にケネス・ブラナー、ヴァネッサ・レッドグレーブ、ジェームズ・アール・ジョーンズ、デレク・ジャコビ、それに「ペンザンスの海賊」のケビン・クラインをも加え、さらにシェークスピア劇の老花形サー・ジョン・ギールグッドをもインタビューに答えるスタイルでワンカット出演という本腰のアメリカの注目大作。
見るべし見たまえ。1996年作、1時間52分。カラー。
(映画評論家)