「オセロ」ブラナーのイアーゴで見せる
この記事は産経新聞96年6月18日の夕刊に掲載されました。
これは去年の暮れアメリカ封切りのイギリス映画の「オセロ」。ただしオセロはローレンス・フィッシュバーン。そしてその悪心ぶりが肌寒いイアーゴにケネス・ブラナー。デズデモーナにイレーヌ・ジャコブ。すべて舞台人。それゆえまこと目新しき「オセロ」を見る楽しさ。
この「オセロ」、イアーゴが独り占め。もちろん「オセロ」はイアーゴで楽しむ芝居だが、映画ではローレンス・オリヴィエ、オーソン・ウェルズ、あらゆる有名人がオセロをやるのでイアーゴは影を薄めた。だが、もちろん大の主役はイアーゴ。じめじめとオセロと妻のデズデモーナの仲を裂く、その悪計のすごさ。これが実は「オセロ」一番とも言える見どころ。
かくてこの映画、やっぱりブラナーのイアーゴでけんらんと本物イアーゴに迫った。オセロを演じるローレンス・フィッシュバーンはだまされ役ゆえ少しはばかでもいいが、今度のフィッシュバーンも「オセロ」芝居そのままで人間味が感じられない。
デズデモーナは舞台どおり「柳の歌」を優しく歌い、やがてオセロに首を絞められて殺される。フランコ・ゼフィレッリ監督の「オセロ」(八五)はベッドから離れた石の階段の半ばで首を絞められて殺されたが、今度は芝居どおりベッドの上で首を絞め、彼女はベッドの端に首を上向きに落とし、その死体の頭髪がベッドの下にたれる。やはりこの芝居どおりが見ていて安心。「オセロ」はやっぱり芝居どおりで見たい。
今度は芝居どおり。そしてこのケネス・ブラナーのイアーゴこそは天下一品。芝居の好きな人、「オセロ」を何度も舞台で見た人はこの映画のイアーゴ、それを演じるブラナーに溺れ切ってしまうくらい見とれることであろう。ブラナーで見たまえ!
(映画評論家)