「ナッティ・プロフェッサー」天才芸人エディ・マーフィの
見事なるカムバック!
この記事は産経新聞96年08月27日の夕刊に掲載されました。
ことし35歳のエディ・マーフィ。この年だったのかと思うほどまだ若い。けれども目下くだり坂。「ビバリーヒルズ・コップ」(84年)であきれ見とれ、彼の口のその歯の白さと唇のスピードしゃべりに芸術さえ感じたが、ハリウッドきっての高収入がたたったか、このところ元気がなく見え出したのはこちらのやっかみか。
しかし本人これを感じたか。この「ナッティ・プロフェッサー」1時間36分、あきれてもの言えぬすさまじさ。マーフィ完ぺき。さすが。
太って太ってモノもろくに言えぬ教授が彼女の前で180キロのからだを悲しんでついにヤセグスリ発明、というストーリーはありきたり。ところがこのクスリ、時間がくると元に戻るというところがミソのおかしさ。やせた彼が彼女と赤い車で運転途中にクスリが緩んで太って太ってもはや車から出られぬ始末、ということもありきたり。ところが太った男、やせた男の2通りをエディがやるそのジキルとハイド型が面白い。
しかし彼が何と“母”“父”“兄”“おばあさん”“体操の白人の先生”その他あわせて7役演じる芸道アクロバット。各人の声も変え、そのメーキャップのすごさ。この映画、はじめにこの太った先生が出てきたとき、だれがこの彼をエディと見破られるであろう。かく書かねば、アアよかったのに。
相手役はジェイダ・ピンケット。平凡。それよりこの監督のトム・シャドヤックのフィルムのスピード感。いささかのたるみもない。エディがばあさんになるとき、その家族ほとんどすべてがエディの変装。これが映画。舞台ではここまでスピーディにやれはしない。またその会話、その台詞の面白さ。ウディ・アレンのエリート・コメディー、そのニューヨーク・タッチをここに香らせた。とにかくこの映画のメーキャップ係のリック・ベイカーだ。「スター・ウォーズ」のヨーダもチューバッカもこの彼のメーキャップ。映画こそがメーキャップ芸術。これをつかんだエディの見事なカムバック。
(映画評論家)