「アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生」
この記事は産経新聞96年10月29日の夕刊に掲載されました。
ルイス・ブニュエルは1983年、83歳で亡くなった。
ブニュエル映画といえば襟をただした。前衛的映像「アンダルシアの犬」(1928)。そしてまた涙があふれた「ロビンソン漂流記」(52)。怖い厳しき「ビリディアナ」(61)。老人ごのみの好色残酷「昼顔」(66)。同じく「哀しみのトリスターナ」(70)。すべてブニュエル作品は黄金に輝いた。映画を“目”で厳しく迫ってつづる。怖い監督。
その一方、「嵐が丘」「ロビンソン漂流記」これらに幼少年でさえわかる作品スタイルを見せた。私はチャップリンとブニュエルを最も愛する映画マニア。
そのブニュエルの「アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生」(55)。メキシコ映画と聞けば襟をただしこうべを下げてブニュエル映画美学に対するであろうのに、これはさにあらず、アッとびっくりヒッチコックもひざ叩くあきれうれしきマーダー・コメディー。
オルゴール人形をカランコロンと回すたび、ダンス・ポーズのスカートがかわいい人形のそのメロディーが次々と人を殺す。ブニュエルがメキシコで作ったというからにはホコリと砂煙の怖い殺人映画と思いきや、これはルビッチだ、ヒッチだ、もう映画の楽しさおかしさ、それにずるさをもあふれさせたこの殺人狂のシェイクスピア劇。うんと映画と遊びたい人には絶対だ。
映画には“呼吸”というものがある。映画の流れのタイミング。これを崩した無能映画を見るのは死ぬほどつらい。
このブニュエル映画、モノクロ1時間31分。この題名、いやに長ったらしい。これも実はおどしだよ。本当は「オルゴール殺人」、しかしこれじゃ三流どころ。そこでかくも気張った長ったらしい題名。この怖い題名にだまされたもうな。笑って、びっくり、わかるブニュエル。これに酔いたまえ。
(映画評論家)