「ビリケン」面白い! この監督またもホームラン!
この記事は産経新聞96年8月13日の夕刊に掲載されました。
「どついたるねん」の阪本順治監督・脚本。脚本の思いつきはバツグン。大阪のオリジナル、天王寺の通天閣に目をつけた巧み。しかもそれとビリケンを結びつけたこの狙い。まさに天才である。第一ビリケンというこのタイトル、今にしてこのクラシック。大阪のケツネウドンをフランス料理店でいただく感じ。
ところが息せききって一気呵成に笑って転げて見たいのにこのスローモーション。映画の呼吸がたるみっぱなし。ビリケンの生き神サマの登場というその鮮やかな“目”に見せるビックリがない。
さらに通天閣かどこかのビルの上に突っ立った人間ビリケン(杉本哲太)、かかる思いつき、かかるファンタジーが、遠く離れたヘリからのスーッと通り過ぎて遠慮がちの撮影ではやりきれない。ここはもっとアクセント。ここはもっとクローズアップ重なりのミラクル・ハップンが出てくれないと困ってしまう。
この映画の狙い、一目でアメリカ映画とわかる。それのキャプラ・タッチ。キャプラの「群衆」(1941)の変形。それは結構、というわけでこの日本映画離れした脚本を力いっぱいほめたいゆえの文句である。
私も小学生のころ、帯にビリケンをぶら下げていた。大正5年ごろ。そのころ神戸からよくルナパークへも行った。通天閣の下のジャンジャン通りもこわごわ歩いた。
ことし38歳のこの監督、よくぞビリケンを、通天閣を拾いあげた、その関西クラシック趣味には手をたたいて感心するも、もすこし映画の呼吸を知ってほしい。この人、今にモダン・ミゾグチになるであろう。本物のニシン・コンマキ・シブチン・ゴンボの大阪のあくをもっとつかみ出してほしい。ここでは通天閣とその周りのグッド・ピープルを描いたキャプラ・タッチではあったが、もっとビリー・ワイルダーに近づき、さらに通り越して大阪のホネ、大阪のハラ、大阪のマタグラを描いてほしい。
出演者すべてよろしいが、ビリケンの杉本をもっと何とか生かしてほしかった。(映画評論家)