「他人のそら似」一人二役のコメディー・タッチ
この記事は産経新聞95年02月28日の夕刊に掲載されました。
映画と舞台が違うのは、映画はフィルムを用いてトリックを使い、同一人物を同時に一場面に出して格闘さえさせる。それで一人二役が早くから当たったが、やがて珍しくなくなってきて遊ぶことを考え出した。
ダグラス・フェアバンクス主演「ドン・ファン」(1934)は、女にもてたドン・ファンが自分が死ねば女たちはどんなに泣くであろうかと自分の葬式を出し、それを木の上から眺めていると、葬列の女たちがみんな泣き崩れ見るも哀れ。それで十日たったころ、自分は実は生きてんだぜ、自分こそドン・ファンだよとふれ廻ったが、誰ひとり信用しなかった。その映画はイギリス映画だった。
ところが、今度のこのフランス映画は「仕立て屋の恋」の主演者ミシェル・ブラン、この彼が脚本を書き彼が主演し彼が監督するというこの映画が、ダグラスの「ドン・ファン」をとびこえて、さらに遊びのオッタマゲタ映画を作ったのだ。
実は、まったくもってこれは遊びすぎたが、そこがいかにもフランス。有名俳優そっくりの男が有名俳優の名をかたっていたるところで悪さをやる。本物の俳優と、同じく映画女優の親友がそのニセモノを追うのだが、本物がニセ者と思われ、ニセ者が逃げたあとに落とした手帳からニセ者の田舎の家にゆくや、ニセ者の母がわが息子と思って大騒ぎして食事の用意と大よろこび。
本気でこの映画を見るヤボはいまいが、本気で見るとバカを見る。あくまでも遊び。だから名優フィリップ・ノワレはじめロマン・ポランスキー監督、マチルダ・メイまでがふざけて共演。これこそ主演で監督で脚本の、これをひとりでやってのけたミシェル・ブラン大熱演のオアソビ映画。
この映画、ニセとホンモノこれの落ちはいかにあいなるであろうとマジで見る人はまさかあるまい。ともに、映画とともに、遊んで笑ってミシェルのあのマジメ顔、ニクイじゃない、てなおふざけで見る映画。
彼とニセ者を追う映画女優をキャロル・ブーケ。撮影はエドゥアルド・セラ。1994年フランス映画、カラー。84分。
(映画評論家)