「プリシラ」砂漠中に、けんらん女装の3人
この記事は産経新聞95年06月27日の夕刊に掲載されました。
オーストラリアの1994年作カラー、1時間43分。ニュージーランドの「ピアノ・レッスン」、オーストラリアの「クロコダイル・ダンディ」、オーストラリアはばかにならない。古い映画に「誓い」という名作もあった。みんな質は良作。けれどどこか野暮(やぼ)ったい。表情がきまりきって変化に欠ける。そう思ってやや見くびっているところへ、この「プリシラ」で腰が抜けた。バツグンの出来なのだ。
女装の男の芸人3名がプリシラ号と名乗る彼らのバスでオーストラリアの砂漠地帯を走る。田舎でショーをやるつもり。話は見てもらうことにする。
荒くれの客にばかにされたり喜ばれたりのこの女装の芸人。その一人は妻もあり子もある男。男に失恋した中年すぎの女装、また若くてはしゃぐ女装、こんなこと、どうだっていい、オカマが砂漠のど真ん中を走る、トカゲと岩と砂のそこに女装が胸を張って出稼ぎのショー。というよりも冒険、男あさり、そこにはジメジメ・ムードいっさい無し。彼らの色鮮やかな衣装。バスの屋根に上がって銀色の長い布を砂漠の風になびかせる。
監督・脚本は32歳のステファン・エリオット(この男ただ者でない)。衣装のカラーがいい。それよりもオカマ三名のこの派手な楽しさ。下町のすえたバァの芸人ではなく、太陽と砂のもとに跳びはねるこのオカマ三名。しかもその年増の一人がワイラァ監督名作「コレクター」(1965)の主役テレンス・スタンプ。俳優の何たるかをここに示して、その落ちぶれて老けが迫ってもガンと跳ね返すこの女装の男がすごい。
しかも砂漠地帯の鉱山あとの村に住む爺さん(ビル・ハンター)と意気合って夫婦になるこの映画のさげにチラと心の奥で涙する。まさにガサガサのこの爺さんがいい。砂ほこりの田舎町でこの男ふたりの恋の夫婦。いいじゃないですか。
映画はその国の肌を示す。このオーストラリアこの粋さ、この感覚に、意外なほどの立派さ!
(映画評論家)