「ノーバディーズ・フール」
この記事は産経新聞95年05月23日の夕刊に掲載されました。
「フォレスト・ガンプ」はかしこいアメリカ。「ノーバディーズ・フール」はやさしいアメリカ。「フォレスト・ガンプ」はモダァン。「ノーバディーズ・フール」はクラシック。この「誰も馬鹿じゃねぇよ」の題名からしても大正映画の匂い。サイレント時代のパラマウントやファースト・ナショナルの映画には、かかる人情モノが多かった。
ウィル・ロジャースやバート・ライテル主演映画ともみえるこのクラシック。けれども実は、目下は男にヒゲがはやり腕時計よりも懐中時計を好む逆モダァン。映画もオリヴァー・ストーンよりサム・ウッドやセシルの兄のウィリアム・デミルという今から60年むかしの体質を取り戻そうとする。
これは退歩に非ずしてようやくにしてアメリカ映画が我が道を改めて悟った感じ。
1994年作。1時間50分。「クレイマー、クレイマー」(79)のロバート・ベントン監督、脚色。リチャード・ルッソの小説映画化。この原作の暖かみはウィリアム・サローヤンの小説やソーントン・ワイルダーの「わが町」をも思い出させる。
ニューヨークの北の田舎の土木建築の労働者サリー(ポール・ニューマン)は六十歳でひとり住まいの下宿生活。その大家は中学時代には先生だったミス・ベリル(ジェシカ・タンディ)。サリーの雇い主カール(ブルース・ウィリス)とは裁判で争っている。仕事中のケガを雇い主の責任としたが駄目だった。サリーは妻と離婚し、息子も妻についた。一方、カールの妻トビー(メラニー・グリフィス)は亭主の浮気でやきもき。ここに妻と夫と息子とさらに孫とを、男の汗くさいシャツの匂いをかがせながら、この人情に涙さす。
この監督とこの主演者たち、完成直後に亡くなったジェシカ・タンディ(1994年9月11日85歳)にこの映画はささげられた。銀世界の白さを思わすポール・ニューマン(70)と火の燃え上がった赤色を思わすブルース・ウィリス(40)、この配役。そして「クレイマー、クレイマー」「プレイス・イン・ザ・ハート」の脚本家上がりのロバート・ベントン監督(63)、このスタッフ、さすがに厳しく美しい。
(映画評論家)