「野性の葦」
この記事は産経新聞95年07月18日の夕刊に掲載されました。
フランスのアンドレ・テシネ監督1994年作。カラー。1時間54四分。ことしのフランスのセザール賞(作品・監督・脚本・新人女優)4部門受賞。
かく述べるとこの映画、すごく見える。ましてこの監督自身の脚本で、しかもこの監督が「カイエ・デュ・シネマ」誌の編集員で、映画学校の教師ということで、この映画にヌーヴェル・ヴァーグ時代の尾を引いたシッチャカメッチャカの映画論文式のむつかしい映画と思うとおおまちがい。若き日の木下恵介、若き日のフランソワ・トリュフォーの、青春魅力あふれただれもが見てわかる映画、そのセンチメント香る作品である。
ときは1962年の夏。アルジェリアがフランスから独立直前。このころのフランスの田舎の若者群衆物語。フェリーニの「青春群像」のイタリアの青春童貞映画をも思い出す。要するにうれしい懐かしい青春映画。だれが見ても怖いなどとは思わぬかわいい映画。テシネ監督でフランス映画社が輸入してシャンテで封切りからうるさい映画と思うとおおまちがい。年ごろの学生の映画。
ときがアルジェリア独立当時なので、フランスびいきアルジェリアびいき、国粋党や共産党、独立党の中の青春時代ということで、メンドウな人間学テツガク映画と決めつける人もいるであろうが、年ごろの男の子がふとしたチャンスで抱き合って一夜を明かし自分をホモだと思って、むかしホモとうわさされた靴屋のオッサンにボクはホモかしらと聞きに行って追い出されたり、女の友達にボクはホモかもと言って逃げられたり、ホモなんて自分と関係ないと決めていたのに、相手の学生がバイクで走ってきたのに飛び乗って走ったとき、相手のからだにしがみついていたのがうれしかったことでやっぱりかと思ったりする、その青春が淡く春の風のように描かれている。柔らかいあの葦は柔らかいから強い風にも折れぬ。
よくある青春映画。けれどテシネ監督が(脚本も)描くと『詩』になるのだった。
(映画評論家)