「激流」メリル・ストリープで見せた冒険映画
この記事は産経新聞95年04月11日の夕刊に掲載されました。
要するにヒット作「スピード」のこれぞ激流版。これがギョロ目のゴールディ・ホーンあたりが演じるとハリウッド娯楽冒険映画。ところが都会派の上流家庭御婦人タイプのメリル・ストリープが主役となるとビックリ。その狙いがのみこめる企画。
20数年前、私はブロードウェイの舞台で、この女優の「ハピイ・エンド」というハリウッドを皮肉った舞台劇を見た。彼女はギャングのあねごで、その歌いっぷりも見事。第二のミリアム・ホプキンスと見とれてしまった。だからそのメリルが男まさりのこの冒険ものに主演しても驚かぬが、ことし四十六歳のガサついた両足、その素足まるだしの彼女に見とれ、この役、キャサリン・ヘップバーン気取りぞと感心した。
映画は建築家の夫(デビッド・ストラザーン)とけんかして、息子、十五歳くらいか、その子を連れて、かねて腕自慢のボートの激流下り。その途中から妙な青年(ケビン・ベーコン)に乗りこまれ、これが凶状持ちでカナダへ逃亡の巻き添えを食い、ここからが目に迫る激流本舞台。
不気味な若者のケビン・ベーコンとキャメラのロバート・エルスウィットと、この映画の監督の脚本家上がりフィルム編集上がりのカーティス・ハンソンは、この作品で名を一段と上げるに違いない。そしてまた脚本(デニス・オニール)は目で見せるところの映画を狙い、活動大写真の楽しさを十分に見せてくれたのだが、助けに駆けつけた彼女の夫の断崖(だんがい)のスリルと激流にのみこまれてゆく彼の妻のスリル、その陸と川の両スリルを見せんとしすぎたこの計算がやや目立ちすぎた。
しかしファースト・シーン、タイトルすぐあとの、静かな川、そこを目いっぱいに細長いボートのへさき、次いで細長いオール、これが油が床の上を流れるようキャメラで画面いっぱいに見せ、“静かさ”の呼吸いっぱいを見せ、それが後半の一大激流へと映画がふくれ、映画が荒れ狂う、このリズム感は映画の体臭。一時間五十三分、一九九四年アメリカ映画。
(映画評論家)