「クリムゾン・タイド」2人の力演とこの艦内のキャメラ美
この記事は産経新聞95年09月05日の夕刊に掲載されました。
昨日タクシーに乗っていると、中年の運転手君がデンゼル・ワシントンっていい俳優ですねと言ったのに驚いた。今日はそのワシントンとジーン・ハックマンの「クリムゾン・タイド」を見て、またも嬉(うれ)しくなった。
「マディソン郡の橋」はクリントとメリルの対決的演技競演だったが、「クリムゾン・タイド」もまさしく2人の男優主役の演技競演。ちかごろ、こけおどしの超大作でスタアよりも製作の金のかけかたでおどすのが多いがもう飽きたよ。かくてようやく映画は本道に戻り、「演技」を見せる。これで出演者も生きがいを感じたであろう。
今度の映画はロシアの国粋主義者が旧ソ連の反乱派と結んでアメリカと日本を原子力潜水艦で攻撃、これをアメリカが原子力潜水艦でこの敵を撃破という海底深海決戦。かかる映画は「Uボート」はじめいろいろと見てしまっていて今さらと思ったところ、この映画すべてまったく男優のみの1時間55分を一気に見せとおした。
監督は「トップガン」「トゥルー・ロマンス」のトニー・スコット。この映画、まさに二人の主役の厳しい名演、その演技対決で見せると同時に、キャメラ(ダリウス・ウォルスキー)が潜水艦内を一刻もたるむことなく動き回る。人間ぎりぎりいっぱいの狭い艦内をキャメラは走り回る。これが映画を生かし、脚本(マイケル・シーファー)は副艦長(デンゼル)が艦長(ジーン)を一室に閉じ込めるという狂気に盛り上がる緊迫感。砲撃一発をもって世界戦争を巻き起こすというスリル。しかしこのありふれた潜水艦活劇も俳優とキャメラとセット美術、特にキャメラのすばらしい効果で見せ切ったこのアメリカ映画。そしていたずらのスリル連続でなく、艦長は小さな愛犬を艦内に持ち込んで連れ回り、その艦長のシガーの喫い方、いっぽう副艦長の若さと決断力。この対比を2人の力演が鮮やかに生かし、舞台で楽しむばかりの名演を思わせる。
映画はこけおどしのスケールよりも演技。1995年ハリウッド・ピクチャーズ提供。
(映画評論家)