ブロードウェイと銃弾
この記事は産経新聞95年06月13日の夕刊に掲載されました。
アレンはアメリカ映画随一の秀才。ことし60歳。脂のりきり見ていてワクワク。こんどは監督のみ。彼は監督のみがよろしい。主演するとアクが強く鼻につく。今度は一気にスピード。いきで洒落(しゃれ)で、日本でいうなら「江戸っ子」だ。ブロードウェイ1920年代。懐かしい。ラストのタイトル、あれは長くてどうもならん。ところでここでジャズの名曲『フゥ』を聞かせておさめるあたりお見事だ。
話は劇作家デビッド(ジョン・キューザック)ついに劇作上演。ところが条件つき。ギャングの女オリーブ(ジェニファー・ティリー)を使うこと。この女、演技力ゼロ。しかも台本の台詞(せりふ)に文句。怒ったデビッド。ところがオリーブのボディーガードのチーチ(チャズ・パルミンテリ)が台詞を書き直し、これが巧(うま)い。ついにこの劇作家の影の作家におさまり、オリーブのボディーガードだったのに彼女を一発のもとに射殺。舞台は見事に上演。ところがギャングのボス、これを知りチーチを殺す。チーチ、死の迫るなかでデビッドの台本の台詞を書き直させて死ぬ、というストーリーはありきたり。
ところがこのブロードウェイの舞台裏の連中のスケッチが実に面白い。デビッドはアパートに女と同せい中なのに舞台の主役スタアのヘレン・シンクレア(ダイアン・ウィースト)に熱を上げ、同せい中の彼女(メアリー・ルイーズ・パーカー)はカフェーで仲間たちと芸術論。その仲間にロブ・ライナー監督がゲスト出演。
舞台女優のスタアの名がなんとなく気になるヘレン・シンクレア、それに映画中の会話にノエル・カワードやガートルード・ローレンスその他の名が飛び出し、出演者一同も演技競演。なかでも女のボディーガードでその女を殺し、自分も殺されるチーチを演じたチャズ・パルミンテリが巧い。実は彼、デ・ニーロの「ブロンクス物語」の原作者、そして出演者。
とにかくこのウディ・アレン芸術。ブロードウェイの劇場、それもこぢんまりとした楽屋とその常連たちに紫のライトを照らしたごときスケッチ。あたかもウディ作るところのマンハッタン・カクテルの、その酔いごこち。粋とはこれ。
(映画評論家)