「オリーブの林をぬけて」
この記事は産経新聞94年11月08日の夕刊に掲載されました。
「友だちのうちはどこ?」「そして人生はつづく」のアッバス・キアロスタミ(54)の1994年度作。カラー。1時間43分。イラン映画。
映画はその国の肌を教えて面白い。タイトルのイランの文字はインド文字のよう。ニヤリクリャリとした筆文字だ。この文字だけを見ると、この国はまったくのストレンジャーだ。
ところが、この国のキアロスタミのあの2本の前作品を見ると、映画もろくに見たこともない人たちの生活が、記録映画のごとく撮影されているその画面に人の肌のぬくもりを感じさせ、悲しく温かく世界どこも同じ人間であることを身にしみこませた。
これはその監督、キアロスタミの今年の作品。またしても身にしみる私たち人の世のおかしく面白く悲しい映画、それもずーっと田舎の。その演出、脚本(キアロスタミ)がすばらしい。すばらしいというよりも目にしみ胸にくいこんで、だれもがこの映画のラスト・シーンには涙をこぼすだろう。
あの「そして人生はつづく」のその土地で、若い娘に結婚を申し込んだ若者(ホセイン・レザイ)が彼女の両親からこれを断られ、その両親も地震で亡くなっているのに娘(タヘレ・ラダニアン)は、まだそれでも彼の申し込みに黙して一言も答えない。若者は、自分こそ今は字も読めぬ日雇い建設労働者だが、おまえは字も読める。2人が結婚すれば2人の子は字も読める子になり、自分は働いて働いて家を建てるよ、という。
映画は、映画の中で監督となる俳優がこの2人に映画出演をさせ、若者と若妻がこの2人の役という二重構成を取る。この若者が撮影のリハーサル、本番の、その中でさえ彼女に命をかけての恋をしていること、それが哀れ悲しく、女がいっさい返事せぬのも亡き両親からの戒めか。前2作の少年の心が、ここでは愛を求めるその命懸けの若者の恋のいじらしさにかわり、愛の本質を私たちの目にしみこませる。
映画と実体をだぶらせて撮影、演出、そのリハーサル、この構成があたかもヒッチコックの映画ムードを思わせて、キアロスタミのこの映画手法に野趣の中のモダンを感じさせ、愛の映画のベストをここに見た。
(映画評論家)