「忠臣蔵外伝 四谷怪談」ちかごろ贅沢なモダン美術時代劇
この記事は産経新聞94年10月18日の夕刊に掲載されました。
面白い。それにセット、衣装の美術が目をひく。ひところのドイツ表現主義を思わせる思いきったメーキャップが生きた。まさしく大胆このうえなし。
見ていて楽しむ。この楽しみは南北(原作)をはるか離れて、深作欣二の美術をあぜんと楽しむ映画の楽しみである。
欲のなさ、これもまたあぜんとする。南北のグロテスク美術がいっさい捨てられ、お岩の髪すきクライマックスも一瞬ですっとんで驚いてしまう。宅悦(六平直政)、これも素通り、お岩(高岡早紀)も子をはらむ女にはならないし、伊右衛門(佐藤浩市)を奪うお梅(荻野目慶子)もこの映画ではよく動き、そのメーキャップも仮面劇でこの映画で一番目立つ。南北はますます遠のき、えぐい男、冷酷男、しかも男の悲しさ隠すこの残酷どろ沼のごとき伊右衛門が大学生、「女」をべっとり哀れ残酷に見せたそのお岩もお梅も女学生。こうなると一番とくな役の宅悦までもが、この時代劇からねばりを失った。
お岩の髪すきも伊右衛門の冷酷もそれが南北のすごいクライマックス、まさにお岩の髪すき前後はヒチコックもフランスのクルーゾーだって手のとどかぬグロ美術、これをこの映画は捨てた。お岩の亡霊、そのおん念も捨てた。お岩とは、あらんかぎりの苦しみを受け、しかも子持ちの女。それが、あの毒薬で、この映画、一瞬にして目がとび出る。髪といい顔のはれといい、この映画は欲もなくサッと流してびっくりさせる。
しかし面白い。それは異様な深作美術、この64歳の異様な監督のモダン美術に見とれさすゆえだ。
佐藤浩市はスポーツマンのごとしだが実にいい。男のむしろ哀れ、それを出した。大石内蔵助(津川雅彦)その他出演者は豪華。しかし俳優は佐藤浩市ひとり、あとはこの異色スタイルにあわせた演技に協力。
それよりも「忠臣蔵」と「四谷怪談」を合わせた神をも恐れぬわざ、それを絵本で見せるよう演出した、この異色脚色(古田求、深作欣二)と美術(西岡善信)に拍手したい。撮影(石原興)も美しいが、演出が舞台の形をとっているのでキャメラは動きにくかっただろう。
(映画評論家)