「トリコロール/青の愛」クラシックの風格匂わす愛の名作
この記事は産経新聞94年07月12日の夕刊に掲載されました。
この映画、クラシックがむせかえる。
音楽家の夫と娘を自動車事故で失った妻ジュリー(ジュリエット・ビノシュ)が、夫の作曲中の協奏曲のスコアーも捨て家も引き払ってパリに引きこもる。しかし、夫の協力者で同じく作曲家オリビエ(ブノワ・レジャン)が夫の未完の協奏曲を生かそうとジュリーを勇気づけた。オリビエはジュリーを以前から愛していた。すべてを捨てた気持ちのジュリーも、夫の未完の曲にオリビエと協力することを承知した。ところが夫には実は女がいたことを知る。ジュリーはその女サンドリーヌ(フロランス・ペルネル)をさがし当て、彼女に逢った。彼女は妊娠していた。いうまでもなくジュリーの夫の子のことも知る。
映画は、心に食い込んでくる音楽と、心のうちをさぐるキャメラの巧みをもって、この三人三様の愛の苦悩を描く。夫の残した曲を完成させようと努力するその作曲家の音楽への愛、自分すなわち夫を失っている自分への愛。ジュリーはその愛を信じることに苦しみ、ジュリーは夫の隠し女が夫の子を宿していることにも苦しむが、しかしその女の優しさに涙をあふれさせてしまうこの苦しみ。
映画は、それらのシーンの中に突如としてジュリーがプールで泳ぎ、プールの水に潜って顔をはね上げる姿を見せる。そのプールの青い色がジュリーの苦しみに似た冷たさを見せ、この映画、キャメラがとらえたその映像が、愛の苦しみを深くさぐる感じを出して、映画がかつてこのような美しさと悲しさと苦しみを見せたことを、今は懐かしく思い出させた。
「ふたりのベロニカ」で知ったポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督に改めて期待を抱かせたこの映画の「トリコロール」が、フランス国旗の赤白青から名付けられ、この第一作に次いで、すでに「白」「赤」の二作が生まれている。しかし、その三作はそれぞれ独立し、やがてこの三作のテーマが「人」か「愛」か「悲しみ」かの形で結ばれるのかとも思われる。
映画をじっくりと見たいクラシック・ファンにはたまらない映画郷愁を感じさせるに違いない。
(映画評論家)