淀川長治の銀幕旅行
「写楽」ちかごろ"最美"の時代劇
この記事は産経新聞94年12月20日の夕刊に掲載されました。
久しぶりに見るけんらんたる“時代劇”である。それも腹を切ったり日本刀を振り回して馬に乗って走ったりせぬ“絵師”の、それもいっさい謎でわからぬじまいの写楽を主人公とした美術をさぐる時代劇。

見ていると、まことにぜいたく。衣装(朝倉摂)がいい。美術(浅葉克己)が見とれさす。それに四国の金丸座を巧みにロケで用い、江戸の芝居小屋のムードも出た。効果は歌舞伎の中村富十郎をはじめ芝雀などと、本物の人たちが協力出演をしており、その劇中劇、たとえば「暫」「助六」などその美しさ圧巻。撮影(鈴木達夫)がカラーの使い方にこっているのもわかり、時代考証(高津利治)という時代劇で最も肝心なことにも教えられる。

この映画が写楽を主人公としているゆえに、その絵を売る版元の「蔦屋」(フランキー堺)がこのような絵師たちをかかえて、このように市場に絵を売り、ときにベスト・セラーを狙ってきわどいあぶな絵を描かせて、それで発禁をくらい家にいて手錠をはめられた刑を受ける。これは芝居などではなわに手を後ろ手に縛られた。そしてその上から衣服を着る、家にいての刑なのでオシッコは誰がさすかとそんな心配までする刑だが、それもこの映画に出てきた。この時代劇、ひところの昭和のころの衣笠貞之助が監督して見せたらとも思い、この時代劇のぜいたく、溝口監督が手掛けたらとも思い、知らざる思いをさせる久しぶりの“豪華時代劇”。

ところが肝心の写楽がよくわからない。これは無理からぬこと、もともと写楽は今もってなぞのまま。それで芝居も小説も何度この写楽を取り上げようとしたことか。そのことごとく失敗。この映画では、舞台でとんぼをきるエイヤッのあのとんぼ(真田広之)をこれと見せたがはっきりしない。今さらロンドンフィルムのコルダ監督の「レンブラント」(1936)が恋しい。

フランキー堺よろしく篠田正浩監督よろしく花形総出演も目を楽しませるが、「写楽」と題して写楽を見失ったことが歯痒い。しかし近ごろ、最美のこれは時代劇。  (映画評論家)



淀川長治

写楽

製作総指揮:高丘季昭

監督:篠田正浩

原作・脚本:皆川博子

撮影:鈴木達夫

音楽:武満徹

出演
真田広之、フランキー堺
岩下志麻、竹中直人
葉月里緒菜、片岡鶴太郎
佐野史郎、中村富十郎
坂東八十助

spacer.gif

お気軽にメールをください。ここをクリックするとお使いのメールソフトが自動的に起動します。

産経Webは、産経新聞社から記事などのコンテンツ使用許諾を受けた(株)産経デジタルが運営しています。
すべての著作権は、産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産経・サンケイ)
(C)2006.The Sankei Shimbun All rights reserved.