「勇気あるもの」兵隊にシェイクスピアを教える映画
この記事は産経新聞94年12月13日の夕刊に掲載されました。
これは「ツインズ」「ジュニア」などの小型中年ダニー・デビート主演、2時間8分、1994年作。
日本の観客は涙と恋とガン・プレイには金を惜しまぬが、ダニーおじさん映画の、しかも兵隊ものの2時間8分には、見ぬまえからがっくりで映画館はガラガラであろう。しかしそれこそ恥ずかしい。
先生の落ちこぼれが陸軍の若者にシェイクスピアを教える職業を掴む。教室の若い兵隊はシェイクスピアの名を知るも、まったくカンケイないと馬鹿にする。しかしいろんな話あり、たとえばセックス、殺人、近親相姦、狂気、こんなのもシェイクスピアものにあると聞くや大喜び。そこで兵隊たちは「ハムレット」の勉強となる。
かかるストーリーは、監督があたまからなめてかかると最初の五分で観客は退場するであろう。ところがこの映画、2時間を超すのに笑って見とれてしまう。何がそう面白かったかは、この先生役のダニー・デビート(50)が見事。兵隊にハムレット、これを小さな教室で教える一方、この映画は「ハムレット」すなわちシェイクスピアの勉強シーンとカットバックに、この学校の厳しい軍隊教練を見せてゆく。アメリカの軍隊をこれほどからかったのはチャップリンくらいだ。
原作と脚本のジム・バーンスタインの体験。彼本人がこの先生を経験したことから、この“先生”この“教室”この“学校”が、まさしく見ものとなって、教えることの苦しみと、教師としての楽しさが、ダニー・デビートのまこと名演で見とれさす。
監督、これがペニー・マーシャル(52)。「ビッグ」「レナードの朝」などのあまい監督、この彼女(女の監督でありました)、これがこの「勇気あるもの」(原題・ルネサンス・マン。すなわち新生。やれば生まれ変わる)で兵隊とシェイクスピアを結びつけ軍隊コメディにしたのだが、ここには反戦の衣を着た軍人讃歌はみじんもなかった。
アメリカ映画は小品に思わざる良さを示す。これぞおすすめ映画。
(映画評論家)