「ナスターシャ」玉三郎のムイシュキンが見ものの「白痴」
この記事は産経新聞94年10月04日の夕刊に掲載されました。
日本・ポーランド合作、1994年作カラー、99分。「灰とダイヤモンド」のアンジェイ・ワイダ監督。というよりも坂東玉三郎のナスターシャで見る映画。さらに玉三郎はナスターシャと結婚式をあげたムイシュキン公爵、このふた役を演じのける。
問題は天下のワイダ監督がいかに玉三郎を使うかであり、玉三郎が己が美ぼうに酔いしれて、いかにキザッたらしくナスターシャに成り済ますかで用心した。そしてナスターシャを父の遺産を手にした野人ラゴージンがわがものにせんとするそのラゴージンを、「夢の女」で夢の女に振られ首をつった永島敏行が演じる。
ドストエフスキーの「白痴」はいくたびも映画となり、黒澤監督もこれを映画化し、今もって「白痴」そのわが映画化作品を最も愛すというように、「白痴」は巨匠の野心の芸術産物。舞台で見ても青臭い台詞(せりふ)でうんざりの芸術かぶれ芝居。これを玉三郎と永島という、言うならば、いまだ若草の二人とろうたけたワイダの組み合わせでいかなる「白痴」ぞと期待。
さて見るに及んで、巻頭のナスターシャとムイシュキンの結婚披露以外は、まったくラゴージンの家に隠れたナスターシャと、彼女を追ってここに来たムイシュキン公爵とラゴージンの3人芝居。これは映画でなく、まったき舞台劇。長いショール1枚でナスターシャは美しく、そのショールを外すやアッと見るまにムイシュキンになる。このショール一枚で男女を演じのけるこの2役の玉三郎を考えたワイダの面白さよりも、ほとんど玉三郎と永島の二人芝居。
2人は情熱燃やした。世界に見せる意気込み見せた。しかし見ているうちに、男2人のナスターシャへの愛が、男2人のもつれで男2人のホモの影を出しているのが最高。さらに最高は、玉三郎が男役を演じたその小柄の病的なムイシュキンが、白っぽい服とあわせ、ここに初めて玉三郎の新しい発見という「白痴」でもありました。
ムイシュキンは玉さんの当たり役となろう。そしてラゴージンには少しひよわな永島敏行ながら、全力いっぱいの熱演がオーバーにならぬ良さがうれしかった。
(映画評論家)