「キカ」スペインの情熱と色彩とピカソふう!
この記事は産経新聞94年08月09日の夕刊に掲載されました。
かかる映画を紹介すべきかいなやで今にいたる。
ピカソとダリの絵をさかさまにしたごとき映画。1993年スペイン映画。1時間55分。
脚本・監督はペドロ・アルモドバル。すでに「欲望の法則」(87)、「神経衰弱ぎりぎりの女たち」(88)、「アタメ」(90)、「ハイヒール」(91)がある。
キカは美人のメーキャップ・アーチスト。目下年下のラモンと同せい。しかもラモンの義父とも関係。フアナ(ロッシ・デ・パルマ)はキカとラモンの家のメイド。この家にフアナの弟が脱獄してとびこんでくる。
この男、キャメラを盗む。姉は強盗とみせかけ、弟に手足を椅子に縛らせ口に布を巻く。この弟、となりの部屋で眠っていたキカを犯す。これを覗き魔が警察に知らす。警官2名だかがやってきて、キカの上にかぶさっている脱獄囚をひっとらえんとする。するとこの男、しばし待て、と2回もやっちまう。彼に押しつけられていたキカも彼のからだを抱いて夢中。この脱獄囚、もとはポルノ映画の男優。さて、コトを終わって警官がひっとらえんとすると、なおも窓ぎわにとび上がり、自分の手でまたも一回やりとげ、これを下から見上げていた表通りの女の顔に白い液をぶっかけてしまう。
この映画、とても汚くて見られたものでない。そう思う心配はいらない。衣装とセットと、そのモダン、その派手なカラーで見とれさせてしまう。ご家族そろって子供連れで見てさえかまわない。子供には何が何だかわからぬ荒くれ人間関係。いうならば色情狂のタンゴ競演会、そのテクニックたるやポルノ・サーカス型ながら笑いころげて見終わるであろう。
この映画は特殊ハチャメチャ型ではあるが、ここにスペインの激情と色彩感覚の派手さと、何よりも映画の規則を笑いとばしたエネルギーをこの監督のパーソナリティーに感じ見て驚く必要があり、むしろ美術感覚を覚えるくらいの心の豊かさで見るがよろしかろう。
監督のアルモドバルはことし43歳。1983年「バチ当たり修道院の最期」から世界的に認められてきた異色監督。
(映画評論家)