「『彼女』の存在」男1人と女2人の愛欲ドラマ
この記事は産経新聞94年01月25日の夕刊に掲載されました。
ポーランド生まれ、45歳のヤヌシュ・キユフスキ監督の1992年作、カラー、1時間56分、ドイツ・フランス合作。
この監督、これまですでに7本を作ったが、日本は今度が初の封切り作。監督スタートは76年。ポーランドで政治的な目でにらまれ、4年間の配給禁止を受けたりもした。今回は1988年以来の8本目。それで今回も肩の凝るテーマ本位の作かと思ったが、誰が見ても面白い映画。面白いといってもテネシー・ウイリアムズの性欲劇を思わせる一室ドラマ。舞台劇。男1人に女2人のイライラ劇。
ナチの手から逃れたユダヤ人夫婦。夫は27歳、妻は19歳。夫は妻を教会地下に隠し、友人宅に救いを求めに行くがすでに姿なく、そのアパートに45歳の独り者の女がいて、助けはこの女にすがるだけ。この女はユダヤ人じゃないという。女は条件に男の体を求め、全裸で抱き合い、その後、男は「実は妹がいる」と若妻を妹とだまし、助けてくれた女の部屋に連れ込み、妻に言い聞かせ、その夜も男は年上の女とセックス重ね、若妻は発狂寸前。
戦争とかナチとかユダヤ人狩りとかは関係なく、まして「アンネの日記」の怖さなど爪(つめ)のアカほどもない。見る面白く、男が年上の女にいかれはじめ、しかも妹と偽った男の若い妻が隣室にいる。うめき声が若妻に聞こえ、まこと通俗劇だが、その通俗ゆえに面白く、年上の女が男のいう妹という女を妻と知っているらしきことも見どころ。ようするにアウシュビッツのガス殺しの代わりに若夫婦への性的いじめ。しかも男が年上女に負けちまっているのが見もの。
年上の女を「リリー・マルレーン」のハンナ・シグラ、若い夫を「氷壁の女」のランベール・ウィルソン、その妻を「僕を愛したふたつの国」のジュリー・デルピー。原作は小説(イエジー・ヤニツキ)、脚本はこの原作者とこの映画の監督。若夫婦を演じた2人はフランス人(35歳と24歳)、年上女はドイツ人(50歳)。
演劇を見る気で見ましょう。
(映画評論家)