「居酒屋ゆうれい」日本映画ちかごろの収穫
この記事は産経新聞94年09月13日の夕刊に掲載されました。
初めの2分でネタはばれる。イギリスのノエル・カワードの芝居「ブライト・スピリット」。日本でも舞台で上演され、イギリスではデイヴィッド・リーンが映画化し、監督をした。そのときの亭主はいきな小説家のレックス・ハリスンだった。先妻の幽霊が後妻に夫とのベッドのマナーまでも教えにくる面白さ。
そんなわけで、それと似た小説の原作(山本昌代)も映画脚色(田中陽造)も、そのおふたり大変ご苦労なさったことと思うが、ここでは居酒屋の亭主(萩原健一)が見事力演ながら、居酒屋の亭主というニンでなく、男前すぎて人情がにじみ出ぬ。これがもっとやぼてんのオッサンならどれくらいこの映画よかったことか。
それで2人の美女、これが先妻の幽霊(室井滋)、後妻(山口智子)、このふたりが似通うのは亭主のこのみゆえであろうか、この女ふたり、きれいなだけで芸がない。脚本のせい、演出のせい、である。私たちが画面を見てバッチリと幽霊とわかりたいし、その幽霊をヒュードロドロにせぬところがノエル・カワード型で面白いのだが、恨みつらみもないお人よしの先妻の幽霊が後妻にもっとべったりと亭主サービスを教えるくらいの憎らしい見どころがほしかった。
ほとんど居酒屋のおでんとビールと酒のなかに映画を絞り、客のひとりびとりに話題をこさえグランド・ホテル式に収め、ラストの客の収め方もお見事ながら、幽霊のことで亭主が寺からカケジクを抱いてくる、これが幽霊封じか幽霊呼び出しかがハッキリしない。滝のカケジク、その絵の中の幽霊ということで、ファースト・シーンからすごい滝の音。映画のラストにも滝と女。この滝、どうもガチンとこない。
と文句いっぱい申し上げながら、最近もっとも楽しんだ日本映画。居酒屋の客のみんながうまく、もちろん主役三人のおでん、ビール、その客へのお勤めぶりのその巧み。まことにお見事。主役3人が美男美女、こりゃ仕方がない。しかしこの3人の泥臭くない顔がどうも困った。
(映画評論家)