「苺とチョコレート」男の"愛"もこのように美しい
この記事は産経新聞94年08月16日の夕刊に掲載されました。
これはキューバ映画。1993年作、1時間50分カラー。キューバというと怒りと叫びと主義主張映画かと身構える人もあろうが、これはホモ映画。
活動写真の昔から映画は面白い。アメリカのハッピーエンド、フランスの恋の花、ドイツのグロ、イタリアの女、といったたぐいでその国を知る。それだけでなく、元気のいい国の映画は面白い。今や中国、台湾。イギリスが調子を上げてきた。一番落ちるのは目下のアメリカ。儲け主義まるだし。中には「ギルバート・グレイプ」あるも、監督はスウェーデン人だった。
そのようなわけで、キューバといえば映画研究家を喜ばす絶叫映画かと思いきや、これはこの題名がかおらすホンワカ映画として作られたのであろうが、争えぬものでホモ男が誘った学生が共産党。やっぱりねぇ。
学生はこのホモ男、スパイと用心。ところが部屋に誘いこんだ学生に、ホモが思いきって告白した。「僕は男が好きなんだ」。
映画始まって以来、画面からかかる台詞は初めてのこと。「トーチソング・トリロジー」「モーリス」「熱いトタン屋根の猫」、その他すべてのこの筋の苦悶映画は、じりじりじわじわとこの苦しみを示したものだが、このキューバ映画、バサリとホモに言わせたのであった。
結局、ホモと共産党学生がしっかと「愛」で結びつくことで終わるのだが、「蜘蛛女のキス」のようにホモ演技が舞台的でない。映画はその作るところの時代を示し、その国の人間のその時代の情感を示す。「苺とチョコレート」、ここに示したホモと共産党のこのタイトル、キューバとしてはひっくりかえりそうなスマートさが“今日”をうかがわす。
ホモを演じるホルヘ・ペルゴリア、そして学生をやるウラディミール・クルス、この2人、やや型どおりだが、「蜘蛛女のキス」の劇的なホモより軽くて楽しく面白い。監督はトマス・グティエレス・アレア。ことし66歳。ハバナのカトリック信者の家の生まれ。
世の中はいろいろと面白い。キューバも他人でなくなってきた。
(映画評論家)