「ボビー・フィッシャーを探して」チェスの天才少年の苦悩
この記事は産経新聞94年02月22日の夕刊に掲載されました。
映画は古代の巨竜をも動かしてみるかと思うと、野球王のベーブ・ルースも見せてくれる。というわけでこれはチェスの天才少年の映画。チェスとは西洋の将棋。その試合が映画になったこともあったが、今度は本格。
プロデューサーがかつての腕ききの映画監督、シドニー・ポラック。「いのちの紐」「ひとりぼっちの青春」などまさにアメリカ的。もう一人のプロデューサーは「ダイ・ハード」「アダムス・ファミリー」を手がけ、これまたアメリカ的。ところが映画はチェス映画、どっかイギリスが感じられようと思うのは誤り、まことアメリカ的なベースボール的映画。ただし天才少年の話である。
かつて本当にいたチェス天才のボビー・フィッシャーなる男が天才の苦しみで今もって行方不明。さて映画は新たなる天才少年(マックス・ポメランツ)、七歳のころからの本舞台は世界のチェス・チャンピオンの試合。しかしこの映画の本音は言わずと知れた父がこの子を誇り自慢とし、母がわが子の天才、そのうぬぼれを恐れ、チェスをやめさせようとする。それでコーチに雇った先生(ベン・キングズレー)をクビにした。けれどもこの子はチェスにとりつかれ、いよいよアメリカのホープとなってゆく。
見てもらいたいのはチェスなるプレイの大掛かり、10人100人さらに300人というほどのチェス訓練場のすごい訓練場。さらに試合中、ひとコマ出すごとに手もとの時計のスイッチを押す、その考えるタイムの制限。あるいは少年と少年、その対決の初め可愛くやがて子供ながらの殺気。これで天才少年、勝負なる勝ち負けが怖くなり嫌になる。さてラストは如何に?
監督がスティーブン・ザイリアン。演出は巧み。ただし渋すぎた。題名は第二の天才をこの少年にという含み。1993年アメリカ映画。近ごろのアメリカ映画の中で一番真剣、一番まとも。興行価値本位のいやらしさはない。チェスを知り、天才の怖さ悲しさに涙を誘いたまえ。上映時間1時間50分。カラー。
(映画評論家)