「ザ・ファーム 法律事務所」またもトム、ごきげんの新作
この記事は産経新聞93年07月20日の夕刊に掲載されました。
監督が古くは「いのちの紐」「ひとりぼっちの青春」「追憶」などのこぢんまりとした、しかしアメリカの香りをしっかりと染め上げた名作を残したシドニー・ポラックなので安心して見たところ、これは今年30歳の今やビッゲスト・スタアのトム・クルーズに振り回された作品となっていた。
トムといえば「トップガン」から一躍にして注目。これだけのハンサムはちょいといないので「遥かなる大地へ」(92年)で来日のさい、面と向かって「ハンサム」と、面突き合わせそう言ったら、イエースという顔。自家用機で愛妻と飛んできたので、この若さでその気取りは危ないと忠告すると、「大丈夫、墜(お)ちない」と自家用機のことと勘違いして胸を張った。この後ただちに「ア・フュー・グッドメン」で弁護士の名演。やるなあと感心。ついでこの「ザ・ファーム」だ。これもトム、一気に見せた。
法学部の大学優等生がテネシーの法律事務所に招かれ、妻(ジーン・トリプルホーン)と出掛けてのショック事件の恐怖映画。またもトムが裁判所でとくとくと名台詞をぶっぱなすのかとうんざりする必要はない。今度はスリルとサスペンスにエロティックを少々ばかり加えての一大娯楽映画。まさに見てのお楽しみ。
ただしこの若いトムの、今や超人気スタアにこの映画、ひきずり回された感じ。これは会社の計算的命令であろうが、トムがこれでは危ない。すでにこの手でエディ・マーフィーもウーピー・ゴールドバーグも人気のうえのあぐらが鼻につく。
さてこのトム主演にジーン・ハックマンが上司の一人として意外なちょい役をやって共演するが、これがあきれたミスキャスト。苦心の長距離ランナーのジーンと、一発スタートから人気をつかんだ短距離名手との、この2人の共演は、しかし面白い。マフィアのからんだ会社の怖さなんて今さら飽き飽きもんだが、ポラック監督のスピーディーな演出とトムのハンサム・マスクを見ているだけで飽きることはない。見て、損はなし。
(映画評論家)