「タンゴ」追いつ追われつ心も踊る
この記事は産経新聞93年08月03日の夕刊に掲載されました。
「仕立て屋の恋」(88年)「髪結いの亭主」(90年)のパトリス・ルコント監督の1992年作。カラー1時間28分。脚本も台詞もこの監督。「仕立て屋の恋」は毒いちご。「髪結いの亭主」は愛の花。さすれば今回の「タンゴ」は…殺しのシャーベットか。フランスは粋(いき)である。映画も粋、監督も粋、かくて観客も粋。というところから名作は生きるのだ。
この映画、ヒチコック、ルビッチ、ワイルダー、加えてルネ・クレールをも吸い取ったくらいのごきげん映画。セスナのヒコーキ乗りヴァンサン(リシャール・ボーランジェ)が青空高く舞い上がり、空いっぱいにミルク会社の広告文字を流しているのを、妻は窓から見上げながら楽しさいっぱい不倫の真っ最中。これを知った亭主、面白げに嬉(うれ)しげに、そしらぬ顔でセスナに女房乗せてたちまち宙返り一回転で、細君セスナから墜落頓(とん)死。さらに相手の男を車で追って殺してしまう。ここにまたポール(ティエリー・レルミット)なる浮気男、妻(ミウ=ミウ)を愛しながら他の女にも手を出し、妻は怒って亭主の目の前で雇い男とセックス、そのまま家を出てアフリカへ。このポールの叔父(フィリップ・ノワレ)は裁判官。ヴァンサンの妻殺し男殺しも無罪にした。さらばヴァンサンにセスナでアフリカへ行きポールの妻を殺すがよいとあきれたそそのかし。
この映画、画面は空に地上に、地上その草原を走る一本道。追いつ追われつは妻の相手殺しと相手必死の逃走だ。画面壮快、これ見る観客の心も爽快(そうかい)。初老の裁判官は今も独り、女房持ちの四苦八苦をせせら笑った。
ところでこの映画、原名も「タンゴ」。このタンゴ、一人じゃ踊れまい。手とり足からめセクシィ、心ぞくぞく。この映画、何を説くかは言うまでもなかろう。しかも男のイライラを胸すく思いで見せての爆笑。
この監督のルコント、今年46歳のパリ生まれ。かかる監督のいる限り、私は死ねない。
(映画評論家)