「リバー・ランズ・スルー・イット」
この記事は産経新聞93年07月27日の夕刊に掲載されました。
名作「ディーバ」のキャメラマンのフィリップ・ルースロ、このフランス人の撮影が美しい。これでアカデミー最優秀撮影賞を受けた。この映画を見ると川が胸に首にまで迫ってくる。映画こそが果たせるもっとも美しい自然美だ。
ここはアメリカのモンタナ。今は年老いたノーマンが若き日をしのびながら語ってゆく。ときは1912年。モンタナはゲイリー・クーパーの故郷でもあるがアメリカ最北部の山岳地帯。面積は日本全土を超すが、この大正初期は人口は静岡県ぐらい。やさしい母に厳格な牧師の父、その父も小さい息子2人を連れてのマス釣りのときはやさしい父だった。トム・スケリットの父も好演だが、やがて兄弟が青春を迎え、兄(クレイグ・シェーファー)は東部の大学へ、弟(ブラッド・ピット)はモンタナの西のヘレナで新聞記者になった。兄は生真面目だが弟は酒とバクチにぐれだし、果ては喧嘩沙汰(けんかざた)で死ぬ。
この弟を演じたブラッド・ピットが若き日のロバート・レッドフォードそっくり。その顔はアメリカ若きころのアメリカ絵はがきの青年そっくりで、ここにも監督レッドフォードのノスタルジィを受けた。レッドフォードは「明日に向って撃て!」「ナチュラル」などでいかにもアメリカ若き日の男性を思わせたが、監督としても「レイチェル、レイチェル」「普通の人々」「わが緑の大地」などがあり、これらの映画にはすべてアメリカが見つめられていた。この映画のこのころのアメリカの父、母、兄弟も、“絵”のごとく美しく“詩”のごとく悲しかった。
原名の「ア・リバー・ランズ・スルー・イット」は「それはその川の流れのなかにある」とでもいった、人間の運命と川の流れを詩のごとくうたった題名。ことし一番美しいアメリカ映画。1992年作。カラー。二時間四分、ロバート・レッドフォードはアメリカの良き日、真面目なアメリカを、常にいとしむ映画作家といえる。
(映画評論家)