「エーゲ海の天使」
この記事は産経新聞93年06月01日の夕刊に掲載されました。
1992年のアカデミー外国語映画賞をとった。今年41歳となるガブリエーレ・サルヴァトレス監督の3作目。この監督の一、二作、その記憶はない。この映画、戦争中に八人のイタリア兵がエーゲ海に浮かぶ小さな島に流れ着いた。時は1941年、第二次大戦が始まったころ。それだけを知ってこの映画を見た。ところが驚いたこのノンビリムード。あたかも春の野に昼寝して目を覚ましてアクビした感じ。
とにかくこの映画、まったく歯ぎしり噛んで泣いたりしない。祖国を思い、涙をのんでわが身を嘆き、8人抱き合って忠君愛国をとなえる映画と大違い。流れ着いた島が彼らを受け入れ、いろいろと楽しくなっていく。まさに日だまりで田舎の戯歌(ざれうた)を聞く感じ。
最近の日本映画にも、サラリーマンが南方で戦火に見舞われてジャングルに逃げ込むという日本映画ばなれのロケの効いた面白い映画があった。しかしその日本人たちはニッポンをしのんだ。生きることに懸命だった。ところがこのイタリア映画のこの男、この八人。故郷を目指し男泣きする男は一人とてなく、あるがままにノンビリと暮らし、この村に娼婦のいることで2人が一緒にその女に抱かれたり、別の一人がずっとロバをかわいがりそのロバを船に乗せたままこの島に流れ着き、ずっと島でもかわいがっているというこの映画、だらだらとこの忙しいのにこれを見るバカいるかと思う、そのバカの一人が私。見ていて意味なく楽しく、日本の古き軍国映画から、やがてドイツのそれらを見てきてしまった目には、このエーゲ海の島のノンビリさが、この島から眺める果てなき海の色の美しさで目を楽します。
ところでイタリア映画の「戦火のかなた」(46年)から46年たつとイタリア映画もこのようなのんびり映画を作る時がきた。しかしこれは退歩でなくて見事な進歩。平和をうたってこの映画はまことに美しい。暴力がなく戦火がなくお色気だけがあったよ。まさに大人の童話。時間(1時間30分)を忘れて見とれて遊んでもらいたい。登場人名その他はすべて無名ゆえ見ていて気を使う必要もなし。
(映画評論家)