「マルコムX」ぞっとするような黒人悲劇
この記事は産経新聞93年02月23日の朝刊に掲載されました。
タイトル・バックいっぱいのアメリカ国旗が燃えるところから始まり、マルコムXが39歳で暗殺されるところで終わる。1992年アメリカ映画、3時間22分。
見たあと、神はなぜ黒人白人を作ったかの単純疑問に突き当たる。花に色あるごとく人間にも色あるその美しさを改めて知る。すごいアメリカのこの黒人悲劇。これをアメリカ映画の名のもとにアメリカが全世界に公開することに、アメリカの自由を知る。けれども、アメリカが どれいとしてアフリカから買い取った黒人、その意識が今も根を張っている。
しかし、今のマンハッタンでは、黒人は胸を張って歩く。
1950年、私はマンハッタンのジーグフェルド劇場で「ポギィとベス」を見た。白人はエキストラ程度に2名、あとすべて黒人。最後の幕が下りると、観客すべての白人は総立ちとなって拍手した。ところが、スタアの楽屋口に群がったのは黒人のみ。
1960年、これもマンハッタンの芝居帰りにホテルまで歩く。私の前をやさしい白人夫婦。これも芝居見物帰り。歩道わきの賑やかな商店前で数人の黒人の群れ、その一人が手を挙げて白人夫人に今晩はと挨拶した瞬間、おとなしく見えた白人の夫が、両手にこぶしを握って身構えたのには驚いた。
1940年、私はコロンビア大学そばの私の泊まったホテルにミュージカル・ファンの黒人学生を招いたところ、支配人があとでやさしく私に注意した。
『マルコムX』は、そのようなやさしい映画ではない。怒りに燃えた映画。映画の始まりは百人もが踊る陽気なジルバ・ダンス風景、まさに黒人天国。その楽園がいかにズタズタに破れちぎれてゆくかを、デンゼル・ワシントン(黒人)ふんするマルコムXがまるで本物の本人の実感で見せる。監督も黒人のスパイク・リー。なまやさしい黒人差別映画ではない。ぞっとする映画。しかも暗殺者が黒人だった。見る必要あり。
(映画評論家)