「IP5」J.J.ベネックスの映画詩
この記事は産経新聞93年01月12日の朝刊に掲載されました。
ジャン=ジャック・ベネックス監督作。1992年、1時間59分。原題はこの監督の5本目の作を意味すると聞く。『ディーバ』『溝の中の月』『ベティ・ブルー』『ロザリンとライオン』そのどれもが野心作であり力作だった。
第一作の『ディーバ』は黒人オペラ歌手の歌、そのメロディーの中でのスリル、サスペンス。鮮やかにモダンであった。歌から映画を生むその感覚。しかしこの監督が『ロザリンとライオン』を見せたとき、これぞドキュメントの極致をキャメラで示し、命がけの使命を果たす、まさに考える余地なき誠実努力、その実感をキャメラで見せた。
この映画があまりにも話題にされなかったのを、私は口惜しく思ったところ、今度はみどりにかすむ愛のファンタジィーを描いた。ことし46歳、ようやく熟したその芸術観はここに素晴らしい映画の詩を見せた。この映画、アメリカのレオ・マッケリィやキャプラの道を踏みながら、このフランス人はまさしく映画詩をこの目に見せた。
親に捨てられた黒人の男の子。その黒人少年が慕う道路に絵を描く青年。この青年は恋人の看護婦の行方を追って南フランスへ。少年もあこがれのこの青年について行く。森で妙な老人に逢った。池の上を歩くかとも見える老人。どこでどう暮らしたかもわからない。この老人、森の木に耳を当て木の声も聞く。実はこの老人、若き日の、それは40年も前の恋人を今に探しているという。愛を求めた老人と青年と少年。映画はこの3人の背に天使の翼をつけたかに見えた。実は、みどり深い中の老人は、老人病院から抜け出したという説明もあるが、それよりも恋の亡霊と見てもいい。
青年と黒人少年はやがてこの老人の死を知る。少年はこの老人の死体にメガネをかけてやる。イヴ・モンタン(老人)の遺作。青年はこれが映画初出演のオリヴィエ・マルティネス。黒人少年はセクー・サル。この2人は注目の発見だ。モンタンは風格をこの遺作に香らせた。彼は1991年11月9日、70歳で死亡。(映画評論家)