「イン・ザ・スープ」ここにみるニューヨークの影
この記事は産経新聞93年12月21日の夕刊に掲載されました。
初め映画がうつりだすとモノクロ。カラーではない。やがて三分もするとカラーとなって本題に入るかと思ったのにこの映画、1時間33分ずっとモノクロ。見終わってやっぱりカラーでないから気分が出たと得心し満足感がにじみ出る。
1992年のアメリカ映画。ときは現代のニューヨークの冬。題名の「イン・ザ・スープ」は俺たちみんなスープの中。つまり同じ仲間。
いかなる仲間かというと映画に夢中の青年(スティーヴ・ブシェーミ)がアパートの隣室の娘(ジェニファー・ビールス)に惚(ほ)れ、彼女主演のシナリオを書いたが買い手なく、貧しさのあまり怪しきヌード・スタジオでキャメラの前に立ったが、監督(これを監督のジム・ジャームッシュが特別出演)が全裸になれというので逃げ帰る。このシナリオを買うという男(シーモア・カッセル)が出たので駆け付けたがこの中年男、でれでれとホモくさく、60過ぎというのに映画青年の彼女にも手を出しかけるイカサマ男。
結局、金などなく、冬の日のニューヨークのコニー・アイランドの海岸でこのイカサマ中年男は誤って死んでしまう。コメディー仕立てだが、まじめに作ると悲劇になる。
監督は37歳のアレクサンダー・ロックウェル。それに映画のシナリオを売りにゆく映画青年役の俳優はジム・ジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」に出ており、シナリオを買うという中年のホモ男を演じたシーモアは今は亡きジョン・カサヴェテス監督の名作「アメリカの影」(58年)に出ており、これらの連中が独立プロのモノクロ映画を生んだこの映画熱気がしみこみ、この題名でレストランのコメディーなどと思うと大間違いだ。誰もが笑えるコメディーだが映画つうはこの映画の裏の映画作りの苦しみに、この映画を「ニューヨークの影」とでも呼びたくなるだろう。そんな悲劇だ。
92サンダンス・フィルム・フェスティバルでグランプリと審査員特別賞を受けている。
(映画評論家