「幸福の条件」40年代を恋しがるハリウッド
この記事は産経新聞93年05月18日の夕刊に掲載されました。
最近の「靴をなくした天使」もキャプラ監督の「群衆」(41年)そっくりだし、この1993年作アメリカ映画「幸福の条件」もウィリアム・ディーターレ監督の「悪魔の金」(41年)そっくりで、アメリカ映画が1941年への道をあらためて恋しがりだした。神が若き牧師になって老教師を救った「我が道を往く」(44年)もいまに再映画化するか。
今度の映画は、若い建築家と不動産屋の細君が自分たちもステキな家を建てたいと思っている矢先に億万長者(ロバート・レッドフォード)が現れて、細君を自分に一夜貸すだけで百万ドルやるという。夫婦は笑って断ったが、その晩から2人はしっくりと抱き合えなくなり、夫婦合意で細君(デミ・ムーア)は悪魔と寝る。とどのつまり、金がなんだ、夫婦には愛さえあればいいという古いオトギバナシを現代にして映画にした。
監督が「ナインハーフ」のエイドリアン・ライン。もう一本「危険な情事」があった。この監督でロバート・レッドフォードと若い人妻の濡れ場を見せる一方、これまでの悪魔役を現代のハンサム富豪にして見せる。「悪魔の金」ではウォルター・ヒューストンが演じた悪魔、それのモダン化。かかる役どころ、昔ならアドルフ・メンジューがぴったりだ。これをロバートが引き受けたのも名優の見せどころ、それに乗ったか。
「悪魔の金」、その原名(オール・ザット・マネェ・キャン・バイ)、悪魔は金ですべてを買えるが愛だけは金では買えぬ。今日あらためてこれを見せるところにハリウッドの新道を見る。セックスもマシンガンもこのあたりで止めて、子供心に帰ろうとしているかに見える。
映画はロバート旦那本人が悦に入るほど巧くない。怖さのない悪魔はやっぱり面白くない。それをやろうとねらった監督とこの主役の気持ちだけを買っておこうか。
若夫婦の夫は「ハード・プレイ」のウッディ・ハレルソン。映画の原名(インデセント・プロポーザル)は「無作法な申し入れ」。
(映画評論家)