「愛の風景」見つめて胸刺す夫婦像
この記事は産経新聞93年02月09日の朝刊に掲載されました。
脚本がベルイマン、監督がビレ・アウグスト、1992年作スウェーデン映画3時間。心配はいらない。この監督、貧困漁村の父と子を描いたメロドラマ(『ペレ』)の監督。今回も1909年(明治42年)から1917年までの夫婦像。笑いはなく苦しみ。陰気な映画。けれども明治42年から8年間のこの物語、このころの日本と思いはダブる。
日本は女も我慢した、男も我慢した。太陽のない夫婦の人生が明治にはみなぎった。ところがこのスウェーデン、貧乏青年と富豪娘が結婚し、牧師の夫を愛した妻が一子を産み二子を身ごもるころから夫婦間の愛と憎しみ、真実と偽り、それが人間を神が見据えた怖さで描かれてゆく。ベルイマンの脚本、ベルイマンの牧師批評、これがこの映画に影の冬の厳しさを思わせ、結婚の怖さ、結婚の幸せ不幸を胸にしみこませる。愛について、夫婦について、親と子について、人間はかくも苦しみ、その苦しみが見ていて胸を刺し、日本の明治とスウェーデンのこの時代の自我の差を、厳しくも日本人、特に明治大正人間には教えられたであろうか。
ところで、この監督はベルイマンよりリアリズムに徹し、映画は長編小説のごとく展開する。マックス・フォン・シドーはじめ俳優は凡てすぐれ、善人ぶった卑怯に苦しむ夫(サムエル・フレイレル)とその妻(ペルニラ・アウグスト)が巧い。ペルニラはカンヌ国際映画祭で主演女優賞(グランプリ)を受けている。
それにしても美術と衣装が時代ムードをよく出した。製作がスウェーデン、デンマーク、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、ノルウェー、フィンランド、アイスランドと多方面にわたり、日本ではクズイ・エンタープライズ配給。仰々しくもかく各国の名を並べたのも、この映画の夫婦像をこれだけの国の協力をもって描き遂げた心構えを知らせたかったからである。 (映画評論家)