「妹の恋人」見過ごせぬ"宝石"の米映画
この記事は産経新聞93年09月07日の夕刊に掲載されました。
原名は「ベニーとジューン」。兄のベニーと妹のジューンの兄妹愛映画。けれども見つめるまでもなくこの映画のお楽しみは妹がトランプ賭けで連れ込んできた妙な男、そのサム(ジョニー・デップ)が面白い。この男優、「シザーハンズ」(91年)で両手首がハサミという妙な役を演じた俳優。今度もイカレポンチの困った男という珍役。このようにこの映画、主役が兄と妹と恋人の3人に分かれて主役のポイントが薄れもしたが、見ていて笑い転げながら心に温かい。
近ごろイギリス映画が一番面白く、ついでフランス。そしてアメリカがまさにまったく幼児向け連発の最低だったが、どうやら少しずつ頑張りを見せてきた。つまりアメリカ映画らしさだ。
この映画も兄(エイダン・クイン)と妹(メアリー・スチュアート・マスターソン)の兄妹愛。この妹のいかれた行為をやさしく見守る兄。この妹、好き勝手、自由に楽しく、しかしぐるりは困る。この妹、トランプで負けて妙な男を連れ込んできた。兄は怒ったが妹の仲良しと知ると追い出しもできぬ。思えば兄妹愛の三文シナリオ。ところが見ているうちに面白さが温かく心に触れてくる。
その連れ込まれた男、キートンそっくり。だれが見てもあの「チャーリー」のチャプリンを戴いたこのアイデア、この脚本(バリー・バーマン)と監督(ジェレマイア・チェチック)をアイデア盗みといやしく見るつもりが、この困ったキートン男の演技の面白さに加え、妹とこの男の幸せを許す兄の愛がこのキートン張りの滑稽に艶(つや)をつけた。
近ごろアメリカ映画がキャプラ映画やレオ・マッケリー映画のあの愛をもう一度描こうとしていることがわかって、アメリカ映画の良さを楽しむ今、そのアメリカ映画が宇宙のバケモノや大統領殺しでゼニもうけに目を光らせていることを、まったくいやに思った今の今、このようなアホらしいほどの善意の映画をあらゆる演出の妙を試みて描き出したことに、じっくりと注目したい。1993年カラー、1時間39分。
(映画評論家)