「シンプルメン」ハートリー監督の活躍に期待
この記事は産経新聞92年12月08日の朝刊に掲載されました。
1992年アメリカ映画1時間46分。カラー。これで注目されているハル・ハートリーを初めて見た。
23歳あたりの兄と弟が父親をさがしにゆくストーリィ。兄はあらくれ、弟は純情。見て驚いた。水彩画のタッチ。いえいえ映画はカラー映画で水彩画の淡彩じゃないが、映画のしんが水彩画。面白いのはこの父親さがし、これがたとえば『エデンの東』などのような人間を描いた見事な油絵美術には作られていないことだった。悲しい話だがユーモアさえちらりと見せて“人間”を描く。子が親を思う。それも女の子が母を思うストーリィではない。男が親父を慕うストーリィ。言うならば愛のオリジナル。シンプルだ。人間の心の奥のオリジナルだ。
というわけでこの映画、この監督に、やっと今日のアメリカの新鮮を嗅いだ。エリア・カザンもいいしヘミングウェイもいいが、このハル・ハートリーの感覚は、見つめているとゴダールの『勝手にしやがれ』が目に重なってきた。調べるとこのハートリー監督は、やっぱりゴダールが好きで、ジム・ジャームッシュが好きだった。近ごろのアメリカ映画は最低に落ち、特に『JFK』かなんかの映画を偉そうに作った監督の品のなさは目にあまった。
さてこの『シンプルメン』、兄がロバート・バークで弟がウィリアム・セイジ。どちらも初めて見る若手だが、巧い下手よりも“若者”そのズボラ、その孤独をチラと見せ、巧みである。女優はいろいろと出るし、恋のお話しもあるにはあるが、注目はシンプル、そこに一瞬感じる人間の“孤独”。アメリカはいい監督を発見したよ。映画の面白さは今日の感覚の今日の新人監督を生んでくれることだ。この映画の新しさをモダンというのは当たらない。そんな作り方はしていない。気取ることなく新しい。この監督の前作『トラスト・ミー』(1990年)も入荷する。このH・ハートリー監督(33)、ことしの収穫。(映画評論家)