「キスへのプレリュード」もっと深く愛すべきだという戒め
この記事は産経新聞92年10月20日の朝刊に掲載されました。
アメリカ映画が昔に返ろうとしている。このごろのアメリカ映画は科学博物館か殺人狂騒ぎ。あまりに子供臭い。それで『フライド・グリーン・トマト』や『ランブリング・ローズ』などがほそぼそとサイレント時代のアメリカ映画の懐かしさを呼び戻そうとしてきたように、この1992年のアメリカ映画もまさにその一つであった。
『ロングタイム・コンパニオン』というホモの愛の映画を第1回監督作としたノーマン・ルネの監督第2作。やはり第一作同様、柔らかすぎて歯ごたえがない。これがレオ・マッケリィかフランク・キャプラならさぞかし名作となったに違いない。
結婚した日に一老人が祝宴に紛れ込み花嫁にキスをした。そのときから花嫁が変わってしまって、ハニームーンでの3日間、新郎はがっかりしてしまった。という大人のおとぎばなし。それから先どうなるかは見てのお楽しみとしておこう。要するに惚れて夢中で妻としたのに、日がたってくると思った女ではなくてがっかりしたというおはなし。
これはもともとアメリカの舞台劇で、その原作者が映画脚色した。つまり結婚とは夫婦のどちらにも責任があるものなのだ、すぐ相手にがっかりするのは自分の責任、つまりもっと深く愛すべきだという戒め。これはサイレントのころにはしばしば映画になった題材で、デミルの『連理の枝』(一九一九年)も誓った男女の物語。老人は舞台でも同役のシドニー・ウォーカー。新郎(アレック・ボールドウィン)、新婦(メグ・ライアン)。これにキャシー・ベイツ、ネッド・ビーティ、パティ・デュークと共演の顔触れもお楽しみ。
今に始まったことではないアメリカ人に多い離婚にひとハリ刺したドラマ。かかる神の使いのごとき老人が出てくるのを、本気とは思わぬとも本気に近い気持ちで見るところに、毎日曜日に教会に通う国の人たちが目に見える。
(映画評論家)