「アメリカン・ハート」主役ふたりの演技で見せる
この記事は産経新聞92年12月15日の朝刊に掲載されました。
芝居(演技)のある映画(脚本も)を見ると、古くさいメロドラマであろうが見ごたえを受ける。
刑務所帰りのジャック(ジェフ・ブリッジス、43歳)が、息子のニック(エドワード・ファーロング、15歳)と暮らすことになる。映画でも15歳の少年である。この少年が父の刑務所生活中、どう暮らしていたか、あまりはっきりしない。この映画の脚本は、ときどきそのような説明不足となる。これは、イギリスの新人監督マーティン・ベルが自分の作品に自分で酔ってしまっているセンチメントが、登場人物紹介の説明をないがしろにしたのであろう。
けれども、この映画、近ごろの 見ものであって、ジェフ・ブリッジスがアカだらけのやくざ上がりの父親を思う存分心ゆくまで演じていて、見ているこちらはニヤリと笑ってしまう。この父を恋しがる少年ニックを演じるエドワード・ファーロングが上出来だ。重い石を背負った苦痛の運命に挑戦するでもなく、負け犬にもならずの少年がよく描かれて、この父この子の風景にアメリカの都会の影がにじみ出た。
結局、親子でアラスカへ行くことを夢とした。しかし父は、自分だけアラスカへ落ちようとする。息子まで道連れにすまいと決める。息子は父と行くことを新生活の夢とした。映画は町の風景、町の安宿、それにいかがわしいショオなども見せながら、その風景の中に生きる父と子の姿を描く。これはもはや映画のお決まりで、いささかの新鮮さもないのだが、『フィッシャー・キング』でも『恋のゆくえ』でも、パッとしなかったジェフ・ブリッジスが、このときとばかりの熱演は嬉しいし、男優なら一度は演じたい「父もの」のひのき舞台。
少年役のエド・ファーロングは“堀り出し物”という名のもうけ役。ルシンダ・ジェニーらその他の女優は、ほんの付け足しだ。アメリカン・ハートとは文通誌の名。1992年アメリカ映画、1時間54分。(映画評論家)