花組「ファントム」宝塚大劇場公演評
歌唱力の春野に、可憐な桜乃
7月26日(水) 大阪夕刊 by 平松澄子
花組の「ファントム」の主人公は、無垢な心の持ち主で、顔の傷はおしゃれな入れ墨のよう。不気味さや神秘性はなく、過酷な運命を背負った人間の哀しみが色濃く感じられた。
宙組に次いで2年ぶりの再演となった、アメリカのミュージカルの宝塚版。歌唱力バツグンのトップ、春野寿美礼がファントム役でモーリー・イェストンの美しい楽曲を巧みに歌い上げ、桜乃彩音がクリスティーヌ役で、新しい相手役として宝塚大劇場のお披露目となった公演だ。
舞台は19世紀後半のパリ。醜い顔を仮面に隠し、オペラ座の地下に住むエリックは、ファントム(怪人)と呼ばれておそれられていた。ある日、美しい歌声にひかれたエリックは、その娘クリスティーヌの歌唱指導を、正体を隠して買って出て、深く愛するようになる。しかし、彼女が毒薬を飲まされて歌えなくなったことから、恐ろしい復讐に突っ走って…。
初々しく可憐なクリスティーヌは桜乃にぴったりで、懸命に歌う姿も好感が持てる。ただこの物語では、ファントムの恋模様は伏線で、すべての秘密を知っている、オペラ座の前支配人キャリエール(彩吹真央)との父子関係が主題。宗教上2度の結婚が許されず、私生児として生まれたエリック。音楽的才能はあるが、顔の醜い傷のために人と交わらず、孤独に成長した生い立ちを明かす、彩吹の落ち着いた演技がうまい。終盤に春野と掛け合いで歌うシーンは、聴きごたえ十分だ。
宝塚には似合わない“醜さ”を根幹にした物語を、中村一徳(潤色・演出)は精いっぱい、ロマンチックに仕上げ、宝塚特有の美しいファントム像に創り変えた。
愛を知らずに育った青年が、純粋に愛を求めるが故に固執し、破滅してゆく姿は、どこか現代の事件とも共通している。そんな想いにもとらわれた。
専科の出雲綾が宙組に続いてカルロッタ役で出演。真飛聖が純二枚目のシャンドン伯爵をさわやかに演じている。
8月7日まで。