カモミールは白く清らかな花を咲かせる植物。ハーブティーに使われ、日本でもおなじみだろう。リンゴのような甘いかおりで、リラックス効果があるとされる。
藤田は2001年に出した初のソロ作品を「カモミール」と名付けた。まさに聴きながら安らかな眠りに落ちてほしいと願ったからだ。
「カモミール」は、既存楽曲を藤田流にうたい直した内容だった。静かな作品だった。
「ボーカリストとしての部分に焦点を当てるには多くの人が知っている歌のカバーのほうが分かりやすいということでした。ル・クプルは案外リズミックな楽曲も少なくなかったのですが、こちらはワントーンで眠れるようなものをと考えました」
これが日本からの輸入盤として入った香港でじわじわと人気を獲得した。好評を受けて翌年には香港盤が発売されたほどだった。
「あちらで人気の歌手の声を聴くと、なるほどトーンや響き方が私と似ているかなとは思いますが、それにしてもこんなに聴いていただける理由は分かりません」
「シリーズ化は考えていなかった」のに、本人もびっくりするほどの、このアジアでの人気に背中を押される形で続編が03年に出ると、台湾での公演が実現。
「なにしろ勝手が分からないので、どんな雰囲気で聴いてくれるのかと震えていました」
しかし、翌04年にはシンガポール、ことしは香港でと、いまやアジアの癒しの歌姫の座をつかんでいる。その澄んだ歌声とシンプルな伴奏はオーディオチェックにももってこいだから、あたらのオーディオファンの間では“ハイファイクイーン”の異名もあるとか。
「あちらのお客様は、リラックスして自分なりの楽しみ方をされていて、いい感じで盛り上がりました」
そもそもル・クプルとして世に出る前はエミルー・ハリスやリンダ・ロンシュタットなどカントリーをレパートリーの主体としてライブハウスなどで活動していた。ル・クプルで日本語の歌をうたった際、説得力をもたせるために四苦八苦したと振り返る。
そういう意味では洋楽の既存曲をうたう「camomile」シリーズは「古巣に戻った気分」だという。
とくにこんどの3作目は、より広く知られている楽曲を取り上げることを意識した。
今回はそもそも香港から100曲近いリストとともに作ってほしいというラブコールがきたのだという。
「前の2作はデビュー前にうたった経験のあるものからピックアップしたので、あまり知られていない歌も交じっていました。せっかくリクエストをいただいたのだし、もっと聴き手寄りに選曲しようと考えました。結果的には1960−70年代の楽曲が中心になりました。スタンダードなものともう少しひねったものと。いずれにしても時代をへて愛されている楽曲なので、classicsと名づけました」
どうしても入れたかったというビートルズのレパートリーからは、「オール・マイ・ラヴィング」。本来、はねるようなリズムで元気に演奏されているが、意表を突いてジャジーな編曲でうたってみた。
ビー・ジーズの「メロディ・フェア」は、そもそも3人のハーモニーで聴かせる楽曲だが、これをひとりでうたうことで、いかにその旋律が美しいかを伝えることに腐心した。
スキータ・デイビスで知られる「この世の果てまで」は、デビュー前にもよくうたっていた、カントリーの有名曲だが、音程を下げることでうたい慣れた世界から 別の次元にもっていった。
「1作目のときは、アジアで聴いてくれる人がいるという意識は当然ありませんでしたが、2作目以降は意識はしています。オーディオファンの方も聴いてくださっているということで、音に対する気遣いもありました」
2作目はノルウェーの演奏家と共演したが、今回は伴奏陣をよりシンプルなものにし、空間を増やし、音の振動や歌声がよりわかりやすいものを目指した。
「時間をリセットしたいときに、静かな時間を過ごしたいときに、選んでいただけれたらうれしいです」
一方で、今回英語の歌をうたったことで日本語でうたうのもいいなという気持ちが強まった。童謡をうたってみたいというし、また現在は伊豆諸島の島々を主題にした歌作りにも着手しているという。こちらのほうは「自然にたまった段階で発表したいですね」。
ハーブティーがほのかに、しかし確実に香りで部屋を満たすように、藤田恵美という自然体のボーカリストの歌声はアジアや日本の聴き手の心をじわじわと満たしていきそうだ。