ベイ・シュー ジャズピニスト 木住野佳子
ジャズピアノ奏者、木住野佳子が新作アルバムCD「ボッサ・ノスタルジア」(ユニバーサル ミュージック)を出した。自作曲とボサノバの父、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲とで構成するボサノバ集。ときにゆったりと。ときにはつらつと。録音作業を振り返って「心地よく楽しめました」とニッコリ。なるほど、さわやかな風が吹いてくるような仕上がり。夏に向かうこの季節にぴったりの作品といえそう。ENAK編集長、作品について話を聞くため、ユニバーサル ミュージック本社に木住野を訪ねた。
私がうたうのは天意なんです
緊張の合間 くつろぎから生まれた曲たち 「イパネマの娘」などで知られるジョビンの曲が5曲。残り7曲は自作曲。ジョビンの曲は「おいしい水」「ワン・ノート・サンバ」という超有名曲がある一方、「スー・アン」のような隠れた名曲も選んでいる。

木住野佳子 「これまでの作品でもジョビンの曲を選んできたので、有名な曲はだいたい録音済みなんですよ」

「スー・アン」に至っては楽譜を捜したら、どうも世に出ていないようす。そこで、CDを聴きながら自分で採譜したという。

そこまでしてボサノバにこだわったのはなぜかと尋ねたら、決してボサノバを意識したわけではないという。

「私としては今回はフォービート(の演奏)がないかな、というぐらいのつもり。たまたま最近作る曲が、なぜかボサノバのリズムがいちばんハマる。その結果ということなんです」

では、なぜ最近作った曲はボサノバのリズムが似合うのか? 昨年7月に出したミニアルバム「ノクターン−ピアノ・バラード」がひとつの要因なのだという。

「ノクターン」は、テレビCMのためにクラシックを弾いたのがきっかけとなって作ったクラシック集。

ノクターン−ピアノ・バラード
「CMのために弾いて、じゃあ、せっかくだからアルバムも作っちゃおうか、という感じでできた作品。録音に向けて1カ月間でしたが、みっちりと練習をして、おかげで“新しい世界”が見えてくるのではないかというぐらいにピアノを楽に弾けるようになりました」と振り返る。

その練習の合間にピノアに向かった際に生まれた曲が、いずれもボサノバのリズムが似合うものだった。

「クラシックは間違ったらいけないと緊張し続けて練習しましたから、その合間は肩の力が抜けていたんでしょう。だからホッとできる曲が多く生まれ、やはりリラックスできるボサノバのリズムが似合うというわけです」

練習の合間の息抜きでピアノに向かってしまうところが、ピアノ奏者ならではか。ともかく「ノクターン」でクラシックに挑戦した結果のひとつとして、あるいは副産物として新作は生まれたということだ。

きっちりとした編曲 「とても心地よく演奏できました」と録音を振り返るが、のんびりとした現場だったわけではない。従来以上に編曲の面で神経を使ったからだという。

木住野佳子 「今回は基本的にピアノトリオにギターや打楽器を加えた編成ですが、こういう場合決めごとの多い編曲をしないときれいな演奏にならないんです。ジャズのピアノトリオだったら各演奏家が長い独奏を聴かせたりもしますが、今回は独奏部分も『もう少し聴きたい』と思わせるぐらいに極力抑えました。現場では各演奏家に細かい指示やお願いもしましたし、神経を使う場面が多くて大変でした」

だが、発見した。

「隅々まで神経を使うと聴きやすい作品ができるのだと勉強になりました」

クールエレガントという言葉が似合う。実際、彼女の音楽は涼やかで優美だ。癒しのピアニストなどと呼ぶ人もいるようだ。

「私自身が音色のきれいなピアノが好き。美しい旋律が好き。だから必然と出来上がる音楽もそうなるのかもしれませんね。一般に日本人は短調が好きだとされますが、実は私の作る曲は長調のもののほうが多い。そういう点で心落ち着く要素があるといえるのかもしれません」

もっとも彼女自身は涼やかで優美なだけの女性ではなく、もっとキリッとしたしんが通っている。だから彼女の音楽は優美だけど軟弱ではない、ともいえるかもしれない。

なにしろ学生のとき、英国のハードロックバンド、レインボーのコンサートで舞台によじ上り、ギター奏者、リッチー・ブラックモアがへし折ったギターの残骸を持ち帰ったという勇ましい逸話ももつ。

木住野佳子 そんな話を聞いたのはデビュー作「フェアリー・テイル」が世に出たときだったから、平成7年。振り返れば10年以上の時間が過ぎた。

「ノクターン」、そして「タイムスケープ−スタンダード」「ハートスケープ−オリジナル」と昨年出した3作はデビュー10周年を記念した作品だった。ベスト盤「Portrait」を含めて今回で13作めを数える。

「録音作業に慣れというものはなく、いつだって振り返れば苦労があったな、やっとできあがったなという思いになります」

この作品を聴いたある人から「ボサノバは海外のものだけど、あなたの演奏は日本人に懐かしさを感じさせる。ボサノバをとても身近なものにしてくれる」といわれたことを、とても喜んでいる。

「等身大の私が出ていることだと思います。日本人が作った日本のボサノバ作品になっているのだとしたら、とてもうれしいです」

「ボッサ・ノスタルジア」は10年を通過した、次に向けての最初の一歩。背伸びしない彼女らしさをさらに出すことで、新しい世界を届けてくれそうな予感を秘めている。

ボッサ・ノスタルジア

ボッサ・ノスタルジア


  1. 夏への扉 / NATSU-ENO-TOBIRA
  2. ボッサ・リーブラ/BOSSA LIBRA
  3. ダブル・レインボー / DOUBLE RAINBOW(Antonio Carlos Jobim)
  4. 紫陽花 / AJISAI
  5. UKIUKI /UKIUKI
  6. ノスタルジア/NOSTALGIA
  7. ボッサ・デ・ファンク / BOSSA DE FUNK
  8. パッサリン/PASSARIM(Antonio Carlos Jobim)
  9. お散歩/ OSANPO
  10. おいしい水 / AGUA DE BEBER(Vinicius de Moraes/Antonio Carlos Jobim)
  11. ワン・ノート・サンバ/ONE NOTE SAMBA (Jon Hendricks/Antonio Carlos Jobim/Newton Mendonca)
  12. スー・アン / SUE ANN(Antonio Carlos Jobim)
作曲・アレンジ:木住野佳子(Jobimの曲除く)

UCCJ-2048
¥3000(税込)

アルバム発売記念ライブ
7月14日(金) 東京・STBスイートベイジル
7月22日(土) 名古屋ブルーノート
7月23日(日) 横浜・モーション・ブルー・ヨコハマ

問い合わせ:シエスタ・パブリッシャーズ
03・3405・8061

Profile
東京出身。3歳からピアノを弾き始める。桐朋学園大学音楽学部でクラシックを学ぶ。そのころ出場したヤマハ・ポピュラー・コンテストでは「ベスト・キーボード賞」を2度も受賞。大学卒業後、自らのグループを結成しライブ活動を続けるとともに、作、編曲にも励む。
昭和62年、松竹映画「星空の向こうの国」(有森也実主演)の映画音楽を担当。
平成5年、自己のグループ“Brand New”を結成。7年、日本人初で唯一のGRPインターナショナルアーティストとして、初のアルバム「フェアリー・テイル」(ニューヨーク録音)を9月21日に発売してデビュー。
13年、ベーゼンドルファーの本社(ウィーン)とオフィシャル・アーティスト契約を結ぶ。
17年3月23日、デビュー10周年を迎え、最新オリジナル集「Heartscape」とスタンダード集「Timescape」を2枚同時発売決定。パナソニック新・ビエラのCMで「ショパン/ノクターン」を演奏。 これをきっかけに7月には、初のクラシック・ミニ・アルバム「ノクターン-ピアノ・バラード-」を発売。
現在は、with ストリングス、ジャズ・トリオ、ボサノヴァの「ブラジリアン・ユニット」、ソロと多様な音楽性とフィールドで活動している。
公式サイトより抜粋)

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