非合理的な“日本流”
働く母親多いのに高出生率の米社会
7月7日(金) 東京朝刊 八木玲子/ワシントン
出生率2・09。CIA(米中央情報局)が今春発表した今年の米国の予想出生率だ。子供の多いヒスパニック系移民らを除いた白人だけでも現状で、1・85(米国勢調査局調べ)と先進国ではトップレベルの数字。一方、日本では1・25という過去最低の数値が発表されたばかりだ。母親の有職率が日本を大きく上回る米社会が、高い出生率を維持できる要因には何があるのだろうか。
■企業文化の“効果”
「会社がもう1つの家庭みたいだった」
米国のテレビ局の調査部で働くセシル・ホールさん(25)は4年前、広島県にある自動車メーカーの人事部でインターンシップ(職場体験)を経験した。定時になっても終業の気配がないうえ、退社後も上司や同僚と「イザカヤ」や「カラオケ」通いが続く生活に驚いたという。
「人間関係をつくるための日本の企業文化」と理解したが、1カ月半では、その“効果”は分からなかったと皮肉混じりに打ち明ける。
ワシントンにある現在のオフィスでは毎日の会議は立ったまま行い、最長でも20分。資料は事前にメール送付され、上司への連絡もメールで行う。そして定時の午後6時には帰途につく。
「同僚は仲間だけど友達じゃない」。終業後まで会社関係者と顔をつきあわせるのはナンセンスだとでも言いたげだ。さらに妻とは、「子供ができたら、収入の少ない方が勤務時間を減らし、育児の時間にあてる」と話し合いができていると、それが当然であるかのような口調で語る。
ニュージャージー州ラトガース大学の講師で、最近、「アメリカは出生率2・0を守れるか」と題するエッセーを発表した冷泉彰彦さんは、「日本の職場は仕事以外の拘束時間が長すぎる。儀式的な会議、顔合わせだけの出張や宴会。不景気を経験したにもかかわらず、合理化されていない」と批判。これを“日本流”と守り続ければ、いくら出産・育児支援態勢を整えても、その効果は薄いと指摘する。
米企業でも、有給産休・育児休暇制度を導入している会社は13%▽託児所紹介制度は20%▽父親の有給育児休暇制度は15%(いずれも人材マネジメント協会調べ)−と、出産・育児支援が手厚いとはいえない。
にもかかわらず高い出生率を記録できるのは、夫に育児協力の意識と行動があるからだ。雑誌「ワーキング・マザー」の読者調査では、働く母親の約3分の2が「夫との育児分担はほぼ半々」と回答している。
■どちらかがいれば
妻の収入の増加とともに、家庭の様相も変化しつつある。米国勢調査局が5月に発表した資料では、子育て目的の「専業主夫」数が昨年は14万3000人を数え、10年前に比べ倍増した。その割合は、全米の15歳以下の子供を持つ父親の0・6%に過ぎないが、夫より収入の多い妻は2001年の時点ですでに24%に達し、主夫が今後も増え続けるのは確実とみられている。
米最大の主夫情報提供サイト「Dad−to−Dad」には父親のグループが100以上登録する。ワシントン周辺の「DCメトロパパ」もその1つ。5年前の設立当時のメンバーは4人だったが、今では300人以上に膨れあがった。
その1人、バージニア州に住むボブ・ブリッグズさん(49)は主夫歴12年。妻のトレーシーさん(44)は全国紙の記者だ。結婚22年。妻の転勤に伴い、職を変えながらテキサス州、ネバダ州へと引っ越し、長女誕生と同時に主夫に“転向”した。トレーシーさんは「夫の協力がなかったら、子供を産む覚悟はなかった」と、感謝の気持ちを表す。
2人の娘は現在、12歳と9歳。ボブさんが学校に送り、夕方迎えに行く。買い物や夕食の支度もする。主夫生活を楽しむコツは、PTAやプール教室などの母親グループと仲良くすることだという。逆に「妻の会社に行くと会話が続かない。スポーツのことや、車のことばかりで、男社会は退屈」と笑った。
ただ、妻の代わりに夫が家庭に入る方がいいとは思わないと話す。「どちらかが子供のそばにいればいいだけ。うちは僕の方が育児向きで、妻のキャリアも大事だった。託児所も考えたが、娘の成長を自分で見ていたかった」
来日後、日本の育児環境に興味を寄せている、冒頭のセシルさんはこう言う。
「終身雇用が崩れた今こそ、(夫は)家庭に戻るチャンスではないか」